第2話 勧誘

 僕はここ、海岳かいがく学園高校へ入学したばかりの一年生。

 校則では、必ずどこかのクラブに所属せねばならず、どうすべきか悩んでいた。


 というのも、僕は情けないほどに臆病で、相手の反応を怖れるあまり他人との会話も難しく、自分から話しかけるなど絶対に無理。

 入学初日に隣の席の子から話しかけられても『あ~、う~』と、自分でも情けないくらいに言葉が出てこなかった。


 心の声ならいくらでも強気になれるのに、他人ひとを前にすると怯んでしまう。


 ほんとにもう、どうしたらいいんだ?


 このままじゃ中学時代と同じように、ボッチで寂しい学園生活をおくることになるのに。


 ……でも、それはいやだ。


 だから、僕はこのクラブ活動に、一縷の望みを賭けていた。


 家族とは普通に話せるのだから、切っ掛けさえあれば会話もできるはず。


 あとは、どこを選ぶか……だけなのだけど。




 そんなことを誰もいなくなった教室で考えていると、ガラガラと扉が開き、見知らぬ女子生徒が入ってきた。


 黒髪で、スタイルの良さげな女の子。

 

 まだ全員を覚えていないけど、たぶん同じクラスの子ではないと思う。

 だって、こんなかわいい子、見たら絶対に忘れないからね。


 でも……、彼女の方は僕を知っているようで……。

 

「ねえ、キミ。八重波浩輝くんよね」


 えっと、キミ誰?


「ああ、沈黙ってことは、合っているのかな?」


 まあ、合ってるけど……、どういう論理?


「うん、どうやら間違いないみたいね」


 はい……。で、あなたは?


「あっ、自己紹介がまだだった。わたしは隣のクラスの鳥海とりうみ美織みおり。突然で悪いけど、ねえ。私と一緒に空手部へ入らない?」


 いや、どんなエグイ距離の詰め方だよ!

 いきなり愛称で呼ぶから、その後の衝撃的な言葉に反応できなかったわ!


「う~ん……何故って顔をしているね」


 違います。


「ふふふ、実はわたし、キミに一目惚れをしたんだよ」


 えっ……うそ、マジで。


「いや、だって、その見事なまでに無駄の削げ落ちた肉体。見た感じ170センチ以上(身長)はありそうなのに、どう見ても40キロ台(体重)だよね。最高じゃないか」


 あれ……、なんか思ってたのと違う。

 僕のドキドキを返せ。


「いや、そんな、警戒しないでくれ。わたしはただ、その……キミの身体を全力で造り変えたいだけなんだ」


 うわぁ、ドン引きだわ。こっちも全力で遠慮したい。

 この子可愛いのに、バカなの? もしかして……脳筋?


「うん、沈黙ってことはオッケーってことだよね」


 いえ、違います。話を聞いてください。話してないけど……。


「じゃあ、いこっか」


 どこに?


「さっそく、部員登録しなきゃね」


 ええーーっ、今の流れで……。

 脳筋のバカーーーーーー!


 そんな僕の心の叫びも虚しく、彼女から強引に腕を掴まれ、半ば引きずられるように職員室へと向かう。

 僕は抵抗を試みるも、彼女の力は強く、全く効果をなさなかった。


「失礼しまーす」

 

 そうして連れてこられたのは、僕のクラスの担任の前。

 

「おう、八重波が空手同好会に入ってくれるのか、意外だな」


 いえ、そんなつもりは……って、同好会?


「だが、これで部員も四人になった。部への昇格手続きは俺の方でしとくから、鳥海とりうみ、あいつらにも教えてやるがいい」


「はい! ありがとうございます。柏手かしわで先生が顧問も務めてくれるんですよね」


「ああ、そのつもりだ。よろしく頼む」


「はい!」


 そして僕はよくわからないまま、空手同好会に入会させられたのであった。


 彼女曰く。


「騙すようなまねをしてゴメン。空手同好会は、知り合いの先輩二人でやっているんだけど、わたしだけじゃ部に昇格できなくてね。もう一人連れて来てほしいと頼まれたから、キミを誘ったんだよ」


 と、いう事らしい。


「でも、コウくんみたいなタイプには、これくらい強引な方が嬉しいでしょう」


 うん、あながち間違ってはいないけどね。

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