おいしいご飯の後は
姫棋の食いっぷりは見事だった。
卓の上には、二人では多すぎるほどの料理が並べられていたが、食べきれるかなんて心配する必要はないだろう。
皿は次々と空になっていく。
木蓮は
(……賊が宴を開いているようにしか見えない)
木蓮がまたこっそり失礼なことを考えている間、すっかり丹丹の料理が気に入ったらしい姫棋は、次に
姫棋が手に取った
姫棋は嬉しそうにその
「これ、私が二つ食べてもいい?」
「ああ、別に構わないけど」
すると姫棋はまた嬉しそうに二個目の
どうやら彼女は、
意外と女の子らしいところもあるんだな、と思いながら木蓮も一つ食べてみる。
乳白色をした餡は、蒸した蓮の実を練って作られたものだったようで、その味は栗のようにほっこり、そしてほんのり甘い。
木蓮は口の中で溶ける優しい甘味を味わいながら、窓の外に目を向けた。
ガタタタッ。
外は先ほどよりさらに見通しが悪くなっており、窓を穿つ雨はいっそう強まってきていた。
(これ、帰れるのか?)
ここれほどの雨を降らせる雨雲、きっとすぐには立ち去ってくれないだろう。そして、おそらく雨が上がる頃には、城門は閉まった後だ。
この「丹丹」がある市場は城壁の外にあり、宮殿区へと帰るには城門を通って城壁の中に入らないといけなかった。
そもそも都というのは、宮廷や貴人の住まう区画をぐるりと城壁が囲んでいて、その城壁の外側にもう一つ壁があり、その外側の壁のことを郭壁といった。
これは城郭都市と呼ばれる都に特徴的な構造で、城壁と郭壁の間には今木蓮たちがいる市場や民家、農地があり、城壁と郭壁という二重壁で都に住む人々を守っているのである。
(頼んでも門番は開けてくれないだろうしなあ)
夜になると城門は閉められるので、そうなると朝まで城内に入ることはできない。
警備が手薄になる夜は絶対に開門してくれないのだ。
これに身分は関係ない。
たとえ高級官吏だろうと、一旦閉じた城門を通してもらうことは出来ないのである。
となると、二人が取れる選択肢は一つしかなかった。
「姫棋、この雨じゃ今日中に宮城へ帰るのは難しそうだ。今夜はここに泊まって、明日の朝帰ることにしよう」
そう言いながら、木蓮は立ち上がる。
姫棋は無言でこくりと頷いた。口いっぱいに食べものを入れていて声が出せないらしい。
「部屋が空いてるか聞いてくる」
木蓮は部屋を出て、番頭のいる階下に向かった。
◇ ◇ ◇
木蓮は空き部屋を確認しにいくと言って出て行ったきり、なかなか戻ってこなかった。
その間も、姫棋は出された料理を一人堪能していた。
(これ全部食べちゃっていいのかな)
常依依のところで出してもらっていた食事もうまかったが、ここの料理はまた別の意味でうまかった。
それに見慣れぬ珍しい食べ物もたくさんあるのだ。一通り味見しておきたくなるのが人の性というもの。
姫棋が特に驚いたのは、鶏肉をよく煮た
その実を鶏肉と一緒に口に入れてみると、実が弾けたとたん、中から香ばしい油が出てきてサッパリした
(あとは、あの飲み物だな)
姫棋は全ての食事を平らげたあと、木蓮が飲みかけのまま置いていった
(いい香りがするが、どんな飲み物なんだろうか)
その杯に手をのばしかけた時、木蓮が帰ってきた。
姫棋は瞬時にひゅっと手を引っ込め、木蓮を見上げる。
すると木蓮は何やら難しい顔をしていた。
「部屋、なかったの?」
「いや、あるにはあったが……。一部屋しかとれなかった」
え?
「ええー!」
「仕方ないだろ。本当は全部屋埋まってたんだ。それでも何とか一部屋空けてもらえたんだからな」
「他の宿は?」
「探しに行く気合があるならどうぞ」
そう言って木蓮は手のひらを窓の外に向けた。と同時に、ピシャッと空が光り雷鳴がとどろく。おまけに外は滝のような雨が降っていた。
他の宿を探しに行くのは絶望的な状況である。
(なんてことだ)
まさか
常依依のところでだって一緒の部屋にはいたことはあったが、木蓮は寝ていたし、常依依や家人たちだっていた。
でも今回はそういうわけではない。
こんなことになると分かっていたら、宮城の外まで出てこなかったのに。時よ巻き戻れ、と言ったところで叶えてくれる神は、いないな。
いや駄目だ。こういう時、後ろ向きに考えるのはよくない。
少し落ち着こう。これはそもそも、そんなに動揺するようなことだろうか。
部屋の端と端で寝れば、別に問題ないじゃないか。
………問題ないのか?
「わたしが、もう一度頼んでくる」
「無駄だよ。通常の三倍払って、なんとか一部屋空けてもらったんだから」
三倍。今日の稼ぎが吹っ飛ぶ額だった。それに三倍で一部屋なら、もう一部屋空けてもらうには、一体いくらかかるかしれない。
「………分かった。でも! 端っこで寝るんだよ!お互い」
「はいはい、ご自由に」
木蓮がめんどくさそうに言ったところで、また例の爺さんが表れた。
「部屋の準備が整いましたので、ご案内いたします」
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