第2話 ルナの喪失感💦

「ルナちゃん、どうしてバレエやめちゃったの?」


 昼休憩にあきこがルナの机に来て言った。


「私、全然才能ないし、だからネズミの役をやらされて、本当はあきこちゃんみたいにチュチュが着たかったんだ」


 あきこは一つ大きなため息をついた。


「ルナちゃん、大きな勘違いをしているよ。『くるみ割り人形』のネズミの役は重要な役なんだよ。あきこも3歳の頃からバレエやっているけど、まだネズミやったことない。演技的要素がいるから先生なんかもネズミの恰好で舞台に立つこともあるんだよ」


 ヨッシーがトイレから戻って来て、少し離れて座った。


「先生、ルナちゃんに期待してたのにがっかりしてたよ」


 あきこはそれだけ言うと席を離れ、振り返って言った。


「私もルナちゃんと一緒にレッスン受けられて楽しかったんだ」


 あきこの言葉が胸に迫って来て、簡単にバレエを止めたことで、大きな何かをなくしてしまったのではないかと後悔の念が走った。


「ルナちゃん、大丈夫? ちょっと顔色悪いよ」

「ありがとう、ヨッシー。ルナ、思い違いしてたみたい」

「ルナちゃんのパパも言っていた。どんな役をしたかというより、どう演じたかが大切だって」

「パパ、そんなこと言ってたの」


 ルナはその日、ずっと泣きだしたい気持ちを抱えていた。






 次の勝常寺のお稽古の日は師匠が娘の浬先生と病院へ行くので、上がって待っておくように言われた。

 

 ルナは廊下のガラス戸を開け、濡れ縁に腰をかけ足をブラブラさせながら庭を眺めていた。


「ルナちゃん来てたんだ。爺ちゃん、もう帰って来ると思うけど、本でも読んどく」


 フミヤが言った。 

 廊下の先の離れがフミヤの部屋だった。


「わあ、たくさん本がある。これみんな読んだの?」

「うん、親父のもあるけどね」

「お父さん、一緒に住んでるの?」

「アメリカのNASAって知ってる? そこの研究所にいるんだ」

「わあ、すごい。フミヤさんも将来そこに行くの?」

「いや、ぼくは医者を目指すよ」


 ルナは本棚の本の背表紙に目を這わせた。

 読めない字も多い。


「これなんかどう?」

「ハックルベリーフィンだ。トムソーヤは好きで全シリーズ読んだけど、ハックの本があるの知らなかった」

「貸してあげるよ」

「ありがとうございます」


 ルナは本を胸に抱きかかえ、何気なく裏庭の木のオレンジ色に目がいった。


「柿、あれ食べられるんですか?」


 

 ルナは道場の横の廊下を急いだ。


「ルナ、どこ行くんだ」


 自分たちだけで稽古をしていた遼平の声が背中を追いかけた。






🏠KKモントレイユさんよりバレエのことをお教えいただきました。

ありがとうございました。


 


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