拗らせ社長と敏腕秘書

 「あの、想いを伝えてくれてありがとう。本当に嬉しいわ。でも、ずっとあなたと過ごして見たけれど、やっぱり、私はあなたをただの可愛い後輩だとしか思えないの。だから、ごめんなさい⋯⋯」


 そんなにうまくいくほど世の中は甘くなかった。


「お話聞いてもらってありがとうございました!後輩として、これからも仲良くさせてください」


 報告のために社長にお電話をする。泣いてはいけない。初恋だって実らなかったんだ。こんなに好きなのに、歳が離れているのがどうしたっていうんだ。


「同性だから、私が女だからってどうだっていうんでしょうね⋯⋯」


「あぁ、分かるよ」


────あぁ、やっぱりそうだったんだ。


 どうして、私ばかりいつもこんな目に遭うんだ。どうして、なんだよ、ただの可愛い後輩とだって付き合ってくれたっていいじゃないか。初恋の記憶が蘇ってくる。


「ごめん、先生はあなたの想いには答えられないわ。その、ごめんなさい⋯⋯」


 卒業式の日、私は初めて失恋したんだ。今日みたいに。


「よく頑張ったね。大丈夫だよ、君は素敵な人だってことは変わらないさ」

 その後、お部屋に案内された。IT御殿だった。重厚な門がある家だ。一歩部屋に入るや否や、インターハイまで行ったバスケ部キャプテンである社長の腕の中で泣いた。うわあああんって。アニメかよ。漫画の主人公のようにみっともなく、無様に泣きじゃくった。

「気がすむまで泣いたらいいよ」

 更に夕食までご馳走になった。そんな社長の優しさが心に染みたのか調子に乗り、止められたのに客間ではなく、彼女の家のリビングに無理やり乗り込んで行った。二十歳を過ぎたぐらいで酒には強くならなかった女が、ストロング系を開けてしまい、ハイペースで一缶開けると一体どうなるのかというと、1時間で私は完全に出来上がってしまったのである。

「えへへぇ⋯⋯社長ももっと飲んでくらはいよぉ!」

「コラ、ペースが早すぎる。アル中になったらどうするんだ」

「私の酒が飲めねぇんれすかぁ⋯⋯」

「ほら水を飲んで、チェイサーも無しに変な飲み方するんじゃない」

 私はその後も社長に介抱されながらも呑み続けた。ジャケットを脱ぎすて、ネクタイもどこかへ放り投げてボタンも外した。だが、柊社長に水を定期的に摂取させてもらえたおかげで急性アルコール中毒にならずに生きている。酔いも深まらずに済んだようだった。酔い覚ましに頂いたインスタントのお茶漬けを啜って、やっと落ち着いて話せるようになった。

「駄目でした、やっぱりエス小説みたいになりました」

「渋いね、今はそういうの百合っていうらしいよ」

 意外だった。知っていたんだそういうの。少女漫画みたいで興味ないんだろうなって思っていたのに。

「読むんですか。どういう系です?」

 え、なんで覆い被さってくるんだろう。

「⋯⋯こういう感じのやつだよ」

 社長に押し倒されたと気が付いた時には、もう唇が重なっていた。自然と、私はその行為を受け入れていた。心の何処かでは、誰かにこうして助けて欲しかったのかもしれない。

「すまない、振られたところにつけ込むような真似をして」

「勝手に見たんです。スマホに通知が来てるのを見つけちゃったんです。あのマッチングサイト、女性専用ですよね。もしかしたら私と同じなんじゃないかって思ってたんです」

 社長は、ほんの少し眉を顰めた。

「携帯を覗き見とは、感心しないな」

 耳元に口を寄せて「先生」に伝える事が叶わなかった、蠱惑な言葉たちを囁く。

「私も寂しいんです。だから、私の心も体も満たして欲しいなって⋯⋯」

 息を呑んだのが分かった。

「本気、なんだと言うなら、勇利さんって呼んでくれるか」

 その呼吸を乱せたなら、胸の深淵では、ずっとそのように思っていたのかもしれない。

「情交を致しましょう、勇利さん⋯⋯」

 嗚呼、もっと早くこうするんだった。

「葵、ありがとう。そして、狡いことしかできない私を許してくれ⋯⋯」


 その後のことはよく覚えていない。沢山触られて、絶頂まで登らせれては縋り付くように口付けを返したと言う記憶が朧げにあるだけだった。


「私が、ぜんぶ許します⋯⋯全部⋯⋯」


──────

────

──


 翌朝、コーヒーの匂いで目が覚めた。

「葵、おはよう」

「おはようございます⋯⋯」

 私が生きてきた人生の中で一番小さな掠れ声だった。

「ここで一緒に住まないか。傷物にした責任は取らせてもらうよ」

 一呼吸をおき、選択をした。


「はい。よろしくお願い致します」


 休日を終え、社長に今日のスケジュールをお伝えする。本日は新オフィスの見学、公式サイト用のインタビューの撮影、医療部門の視察、そしてレセプションへの参加だ。

「私はスーツで行くよ。君はどうするんだい?」

「社長から頂いたネイビーのイブニングドレスがありますので、そちらを着させて頂こうかと⋯⋯」

「いいね、似合うものをプレゼントした甲斐があった」

「有難うございます」

 葵と勇利の関係は、社内では雇い主と秘書のままである。だが、一歩私的な空間に足を運べば、その関係性は大きく変わる。回り道をしたが、やっと安寧の場所を手に入れ、二人は番として結ばれ同じ時を刻みながら生きてゆくことだろう。


 都との関係も、元の通りのままの良き上司と部下としてしっかりと続いている。


「次は指輪を買いに行こう。同じデザインのをね」

「ふふふ、それはどうしてです?」

「魔除け、かな」

「なら、きっと素敵なものを買いましょうね」


 純真にはにかむ姿を見て、私はきっと、君を幸せにすると誓った。



────そしてこの二人が、日本で初の同性婚をした婦妻になるのだが、それについてはまた、別の機会にでもお話しするとしよう。



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拗らせ社長と契約秘書 鬱崎ヱメル @emeru442

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