第19話

 状況から考えるに、答えは一つ。勇者があの壺を使うことで、神官の女子を召喚したのだ。壺が割れているところを見るに間違いないだろう。


「もったいな!」


 と言ったのは魔王だった。超絶同感。もっと良い願いがあったのに、あの勇者は神官の女子を召喚することにしたのだ。様々願いを思いつくだろうに、それでもあいつは、願ったのだ。あの魔法使いには分が悪いな。こんなに思われていたなんて、な。


「助けに行くにしても、彼女は元勇者パーティーでございましょう。さてどうしますかな? 魔王代理」


 クスノが言う。その声音には、クスノらしいねちっこいというか、含みのある感情が込められているような気がした。年長者にはお見通しってか? 余計なものを見通しやがって。


「いや、行こう。今すぐに」


 我ながら、変な気持ちだった。骸骨やゾンビが襲われそうになること以上に、心にふつふつと湧き上がるような。


 パン。と聞こえた。どこからだ? と音の方を向くと、それは魔王が投影している映像からだった。神官の女子が勇者に平手打ちをしていたのだ。それを見て、不覚にもうれしいと思ってしまった。

 馬鹿め。本当に俺は馬鹿だな。人と食を囲んだ程度で、友達に抱くような感情を抱いてしまっている。それじゃあ牛丼チェーン店に通うサラリーマンは皆家族になっちまうよ。


 ため息を吐き、意を決して魔王に聞く。


「おい魔王、確か魔王城で育てていた酪農生物には、固有種が含まれているとか言ってたよな」


 俺の意図が読めないのか、馬鹿を見る目で首を傾げる。


「そりゃおったが、だから何なのじゃ?」


「一番旨いのってなんだ?」


「ええと、牛魔肉じゃな。しかし勇者に全部ボコされてしまったからのぉ……」


 それでいい。それがいいんだよ。俺はほくそ笑む。時間がないから端的に、クスノと魔王に命じた。


「今すぐ向かう、準備はいいな」


「今すぐ!? じゃが間に合うか?」


「それに彼女は元勇者の一味ですぞ?」


 ああ、もううだうだと。


 

「うるせぇな、いいから行くぞ、『俺に摑まれ』」



 魔王代理命令だ。



 俺の目は、もしかしたらすごく吊り上がっていたかもしれない。しかし怒りのような気持ちはないではなかった。


 大人しく二人は俺にしがみつく。クスノは少し重かったが、この程度の重さ、屁でもない。成人男性一人分の重さなんて、重さの内に入らねぇよ。


 俺はその状態でモモの木から樹の実を一つ取り、パカリと割る。そこから現れたモモの小さな肩を後ろから掴み、三人分の体重をモモにかけた状態で言った。


「牛魔肉のステーキ、四人分で。今すぐに」


「ご注文、承りました」


 モモは伝票をサラりと書き、俺たちと共に空を飛んだ。


 * * *


「急に叩くなよ! 痛いだろうが!」


「いやいや! 急に近づいてきたらびっくりするでしょ!」


 それはその通りだった。しかし会いたいと思ったら、目の前に現れた。これはもう運命と言っても過言ではないだろう。そして抱きしめようとしてもいいじゃないか。そう言うと。


「いやいやいや、その彼氏面がキモイっての! それ以上近づいたら撮るわよ」


 メアリーは杖を向けて放送魔法を発動しようとしている。ヤバイ、これはマジで怒ってる奴だ。前にメアリーのオフなところを隠し撮りして投稿したことがあった。その時は勇者ではなかったし俺の登録者数も皆無だったので、マジギレされた。それと同じ顔をしている。


「ご、ごめんごめん」


「勇者様、何故メアリー様がそちらに?」


 と言ったのは、マサトだった。神官の杖を向けて少し警戒しつつ近づてくる。


「杖を向けなくてもいい、こいつは味方だ」


「でも、その真っ黒な見た目、それにはだけた状態、もう魔族なんじゃないの?」


「勇者、少し離れた方がいいよ」


 サナとナイツは、やはり以前の険悪なイメージが払拭できないのか、警戒心というよりは敵愾心を抱いていた。二人の誤解、というか過度なその気持ちをマイルドにできればいいのだが。


「大丈夫だって二人とも、害はない」


 言って「あ、これ言い方が野生動物へのそれだな」とも思った。振り向くと、めっちゃ嫌悪の視線で見てきた。

 何にしても、これは俺から仲立ちするしかない。彼女を追加の仲間として、俺が三人を説得することができれば、皆も仲良くなるかもしれない。人類を守る勇者のパーティーの仲間が険悪では示しがつかないからな。


 あれ、俺ってそこまで勇者として誇り持ってたっけ?


「そうですね、しかし一度魔に堕ちた者を仲間に引き入れるというのは、我々も信用するには難しい」


 そう言ったマサトの持つ杖は光っていた。いや、明かりを灯してくれていたからな、そりゃ光っているか。しかし何故だろうか、その杖からは、光の魔法とは違うような、魔を感じる。


「勇者! そんな汚らわしい女から早く離れて!」


「勇者、早くそいつから離れろ、そいつは魔族なんだ!」


 二人の様子が、おかしい。恨みを持っているとしても、かたくなすぎる。


「マサト、俺の直感だが、もしかすると二人は状態異常にあるのかもしれない、お前の魔法で浄化できないか?」


「いえ、彼らは正常ですよ。彼らの恨みは正しい。それは人間の当たり前の感情です。どういう効果か分かりませんが、その特殊な壺を消費してまでメアリーを呼びつける貴方の方が余程異常だ」


 杖の光は白い光から、闇色の光に変わる。その闇は二人の体を包み込み、二人の目も同じ闇色に染まった。


「マサト、お前二人に何を!?」


「正当な恨みを膨らませただけですよ、そういう精神操作の魔法です。勇者様にはその剣の力でジャミングされてしまいますがね。流石は勇者様。魔王を撃退した男」


 しかし。


「今の魔王は相当弱っているではありませんか、なら僕でも勝てそうだ。勇者様はお亡くなりになったが、からがら僕だけは生き残り魔王を倒した。いい筋書だと思いませんか?」


「お前、そんなことのために俺の仲間を!」


 おかしい、俺はこんなに仲間を思う人間だったか? 女ならともかく。二人中一人は女なのだが。いや違う。

 仲間ではなく、一緒に苦楽を共にした、友だから。それを仲間と呼ぶのかもしれないが。

 「仲間」という、無意識に想起させた言葉よりも、俺が導き出した「友」の方が、相応しいような気がした。


 だから。


「さぁ、まずはお仲間に殺されてから、次は同士討ちでもさせましょう。そうすれば僕が一人生き残り栄光を掴めるという寸法だ」


 いやらしく笑むマサトに、怒りのままに剣を握る! 怒りのままに!


「俺の友達に何して――」



「とーーーおーーーちゃーーーく!」



 蹴られた。それもただの蹴りではない、分厚いレンガの壁を、まるで古びたステンドグラスのように軽々しく突き破り、しかしそれでも何の抵抗もなく、真っすぐ突っ込んできた蹴りである。いやもうそれ、蹴りではなく隕石だろ! ってくらいの勢いで、俺は顔面を蹴られた。そのまま壁にぶっ飛ばされる。勇者の加護的なものが無ければ、まず即死の一撃だった。


「な、ななな、何だ貴様!?」


 朦朧とした意識の中、マサトの慌てふためく声がエントランスに響く。ざまぁみろとも思ったが、それ以上にマサトと同じ感情を抱いていた。


 一体、俺は何にぶっ飛ばされた?


「何ってそりゃ」


 男は黄金の鎧をまとい、その力は小さな魔王と木の男を包んでいる。そしてそれを抱える小さなピンク色の爆発頭の小人が目に映った。


「ウーバーイーツだよ」


 魔王の代理が、そこにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る