第18話
メアリーの代わりに雇ったこの神官、信用していいのかイマイチ不安だ。いやメアリーも不安なやつではあったのだが、それでも可愛かった。それにやけになついてくれたし。まぁそりゃそうか、始まりの村から魔王城まで、ずっとメアリーはいたんだもんな。そのメアリーとこの新しい神官と、印象を比べる方がおかしい。
「それにしても、まさかあのメアリーさんが魔族に寝返るとは恐れ入りました。同じ神を信奉する者としてお恥ずかしい限りでございます」
「なかなか分かってるじゃないの。でももうあの子は魔族よ、もし魔王城に出てきても油断してはいけないわ」
魔法使いの杖をこれ見よがしに周囲にかざし、どこから何が出てきても対応できるように注意をしている。見た目的にもキャラクター的にも、俺の好みドストライクだからパーティーとして引き入れたサナは、今では俺の大事なパートナーとなってくれた。それもメアリーが魔族に堕ちてしまったために、その分の責任を背負っているが故なのかもしれない。頼もしいことだ。可愛いし。
そんなサナは初対面なのにも関わらず、やけにこの神官には心を開いていた。というのも、この神官を紹介したのが他でもないサナだ。宿の食事室で男を引き連れてきた時には表情を曲げずにはいられなかったが、しかし俺の勘ぐっているような関係ではなさそうである。多分。
「そうだね、でも任せて、メアリーが来ても皆は僕が守るから」
重そうな銀の盾を構えて前方で周囲を警戒しているナイツもまた、結構この男の神官に対して好意的だった。まぁメアリーが間違って攻撃したり、裏でパシッてたりしていたらしいから、その恨みの反動からなのだろう。
しかし俺は、その神官、マサトに心を完全に開けずにいた。メアリーとは痴情のもつれが色々あったとはいえ、ここまで支え支えられてきた仲間だ。闇に堕ちたとはいえ、その仲間をとっかえひっかえしているようで、それが気持ち悪いのだ。彼が悪いわけではない。
「おやおや、人類の希望たる勇者ともあろうお方が、そんな曇った表情ではダメですよ。私が憧れていた勇者というのは、悪を容赦なく切り捨て、人類のためにわが身をなげうつような、勇敢な方なのですから。もっとしゃきっとしてくださいな」
マサトは俺を見上げて、にやっと笑う。俺は「そうだな、うん、その通りだよ」と、言うことしかできなかった。
月明りのもと闇のような森を抜けると、魔王城が見えた。皆が警戒してくれたのはありがたかったが、周囲は静寂に満ちており警戒するだけエネルギーの無駄だと思っていた。何故なら、一度魔王城周辺の敵は片付けたからだ。全て。残党がいるとすれば魔王城で匿われている数くらいだろうが、体力全快の俺達ならば難しいことはないだろう。魔王も魔王で常に瀕死状態みたいなものだし。
しかし、魔王が召喚したあの男。あいつはヤバイ。悪逆非道で鬼のような、いや鬼よりも鬼だ。メアリーを人質にするだけでなく、魔に落とし、さらにサナとの一夜を動画に撮るという、一見人間だが人間のすることとは思えないことをしていた。信じられない。あいつだけは許さない。魔王の代理とか言われていたが(正確には、メアリーのライブ配信を切り抜きした動画のサムネにそう書かれていた。『魔王代理が無知過ぎて草』とか)、性格だけでなく、実力も魔王が召喚したに相応しいと思う。ならばやはり、二人が警戒してくれてありがたかったな。
魔王城に入ると、一度目入った時に襲ってきた敵の気配はなかった。隠れているのだろうか?
「マサト、光を」
「ラジャーです!」
メアリーならこういう時言わずとも明かりを点けてくれるんだが、まぁ贅沢は言うまい。以前暗いところが怖いことを看破されてからというものの、そうやって世話になったことがあったっけ。
しかし、隠れていたとしても、気づくことは難しかっただろう。より意識を向ける対象があったから。
「なんだ? あれは」
魔王城に入ってすぐ。エントランスのど真ん中に、煌びやかな壺がぽつんと置いてあった。その異様な光景にたじろぐ。サナとナイツの警戒レベルも自然と上がった。見るからに高そうな壺が、これ見よがしに置いてある。ここまで警戒してくれている二人のためにも、そろそろ勇者としての活躍をさせてもらおう。
「三人とも下がってろ、俺が囮になる」
俺はそういうと、勇者の剣を持ち上げて駆ける。恐らくあの壺の手前に落とし穴かなにかを仕掛けているのだろう。しかし、その程度で落ちるほどの脚力は持っていない。
落ちる前に飛び越えることができるのだから。
だから全力で駆けた。そして罠を越えて壺に切りかかってやろう。宝箱の形をした敵もいるくらいだ、高級な壺の形をした敵がいても不思議じゃない。だから、手前が罠になっていても飛び越える。壺が罠でもたたっ斬る! と思ったのだが。
ガクン。
「へ?」
罠は一切なかった。
罠はなかったのだけれど、暗かったので気づかなかった。いや暗がりに糸が引かれていて、それを引っ張ることで罠が作動し上から岩が落ちてくるのだとしても切り捨てればいいのだが、そんな陳腐なものではなかった。
透明な、円柱が転がっていた。それも末広がりの。そのような、まるでただ後片付けを忘れたガラスコップのようなものを罠にしているとは思わなかった。その円柱に足がカポっとはまり、足が滑る。
「ちょ~!!」
俺はまんまと罠に、そして頭をあのこぎれいな壺にはまってしまった。
「ぎゃ~~~~~!! 真っ暗怖いよ~~~! 助けて誰か~! 助けて~~――」
助けて! メアリー!
心からの叫びだった。見捨てたのにも関わらず俺は何を言っているんだ。皆で見捨てたんじゃないか。なのに、虫のいいことを言っている。しかし、心から思った。俺にはメアリーが必要なのだと。真っ暗な世界で叫んだ。
すると、その世界が割れた。淡い光が視界に広がる。
情けなくうつ伏せになる俺の目の前に現れたのは、現れるはずもない、俺が願う資格もない、どの面下げて会うんだよと後悔していた。
真っ黒の布を纏ったメアリーの姿だった。
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