第9話

 水を運ぶというのを考えた時に、現代人がまず考えるのが、ペットボトルに入れるという手段だろう。しかし、ペットボトルというのは、異世界には当然ない。しかし言語疎通のドリンクをコップに入れて頂いたように、液体を運ぶという概念こそはある。と言っても、密林に住む王様、ジャングルに住む王様、ジャングル大帝にご満足いただく場合、コップほどの少量ではなく、それなりの量があった方がいいだろう。ということで、他の大容量な容器を準備する必要があった。


「おい魔王、なんかないのか?」


「ふぃ~。そんなのなかったと思うがの~」


 水を持っていかれたくないのか、知っているのに知らないふりで掠れた口笛を吹く。こいつに期待は出来そうにないのだが、だとすると、食料確保編ではなく魔王城探索編がスタートしてしまう。竜の背から見た城の情景を思い出すが、探すには広すぎる。


「確か壺あったと思うけど、いろいろ探した時にあったわよ」


 と、ナイスな思い出しをする神官の女子。魔王は小さく舌打ちをした。


「よく思い出した! で、どこにあるんだ?」


「勇者が軒並み割ってたけど」


「マジであいつろくなことしねぇな!」


 アイテムをゲットできるかもとか思ったのだろうか。壺にアイテムとか普通入れないって、ゴミ箱扱いで紙屑とかしか入れないって。


「あ、でもアイテムなさ過ぎて後半壊してなかったかも? 多分だけど」


「よし探せ! 探さないと今すぐ剥く!」


 ひぃ~! と怯えるように、黒いテーブルクロスを纏ったブラックテルテル坊主は駆けだした。


 10分後。神官の女子が戻ってきた。足音の方を見やると、装飾が煌びやかで、しかし趣味の悪そうなデザインの大きな壺を運んできた。魔王が目を飛び出す。


「ばっ……! おま、ばか! それいくらすると思ってるんじゃ!」


 どうやら魔王のコレクションとかだろう、戦闘で忙しかったのか、勇者はこれの存在に気づかなかったようだ。魔王の反応を見る限り高価なものらしい。ここで何も考えずに「よし水運ぶぞ!」と言っても良かったのだが、流石に高価な物をぞんざいに扱うのは気が引ける。異世界ならば尚更だ、もしかしたら3回撫でると魔神が出てくるかもしれないし。


「他になかったのか? もっと代わりになる物があればそれを優先したいのだが」


「探しても他になかったのよねぇ、仕方がないわ」


 はぁ、とため息を吐く。が、すぐににやにやとした笑いが込みあがっていた。人里に戻ったら換金するためにとりあえず持ち出したな?


「わかった!」と魔王は小さな手を突き出して俺と神官の女子を見る。そのまなざしは超絶真剣な、血管浮き出るまなこで決意する。


「全力で代わりのを探すから! 水持ってって良いから! それだけは……」


 実物資産が、ご先祖たちの思いを凌駕した。


 * * *


 壺に水をタプタプと溜め、蓋付きなのでキュッとコルクのような蓋をして、ジメット密林へやってきた。竜はこういう時に足として便利である。撫でてやるとギャウギャウと羽をバサバサさせて喜んでくれるし。多分異世界で一番好きかもしれない。


 ジメット密林はかなり樹木が鬱蒼としていて湿度も高めだった。これでは竜は付いてこれない。森の手前で「待て!」をして、俺、神官の女子、魔王の三人と、水を運ぶための骸骨やゾンビたちで木々の隙間の奥へ進む。


 ある程度進むと「ここじゃな」と魔王がゴール宣言した。ここの何処かにジャングル大帝がいるのか。確かに目の前には一際大きな樹木が鎮座ましましている。もしかしたら、丈夫な枝にハンモックを引っ掛けてバナナでも食べてダラダラしているのかもしれない。ジャングル大帝なら猿じゃなくてライオンだけど。


「ふむ、見る限り寝ているようじゃのぉ」


「え、そうなの? 出かけてるのかもしれないぜ?」


「何をアホなことを、それに奴はここの王様じゃぞ? やすやすと離れられんよ」


「アホって言うな。んー、なら起こさなくちゃな、だがどうしたものか」


 木に登る? 登るのはいいが、樹木がでかすぎて探し出せるか少し不安だ。スモールライトで人の頭髪の中に入り、米粒を探すようなものである。

 となると、最初のアクションとしては、大声や何やらで起こすというのはどうだろう。


「おーーーーーいーーーーー!!!」


 返事はない。屍なんじゃないだろうか? ただ木々が騒めく音しか聞こえない。そんな俺の行動を見て、神官の女子がクツクツと笑う。


「ちょ……そんなので起きるわけないじゃない……」


 ムカついたので。


「じゃあお前が起こせ、もしかしたら水商売が本当に好きかもしれねーぞ!」


 と、テーブルクロスを引っ張り前に出す。そのとき。引っ張られる神官の女子にぶつかり、水を入れた壺を抱えていた骸骨が崩れてしまった!


「やば!」


 気づいたときにはもう遅く、重い壺は体を横にし地面に叩きつけられ砕け散る。その亀裂から、水が滴ろうとしていた。


「「あぁああああああああああああああ!!」」


 魔王は先祖代々の思いがこもった水が無惨にも流れることを嘆き、俺は交渉材料を失ったことを嘆き。


 いや、まだだ! 砕けたものの、まだ壺の体の右半分が砕けただけだ! 今すぐひっくり返せば、もう半分の壺ので水を掬える!


 救うんだ!


「うぉーー!!」


 この間、一秒も経っていない。壺を素早くひっくり返し、地面に流れる前に水を半分の壺で掬いあげた。

 揺れる水面には、狼狽した自身の顔が写し出されている。もしかしたら生まれてから一番全力を出したかもしれない。


「っぶねぇ~!」


「ほんっとマジ気をつけなさいよね!」


 キュッとテーブルクロスを抱きしめて、地面に這いつくばる俺をなじる神官の女子。流石に頭が上がらない。

 一旦この水を骸骨に、零さないように言いながら渡した後(骸骨にはちゃんと謝った)、今後の考えを巡らせる。

 どうしたものか、水は足りるだろうか。これで足りなかったらまた行き来することなる。それはかなりのタイムロスだ。


 しかし、そんな長期的なことを考えている暇は俺にはなかった。何故ならば。


「ちょ、おいなんだこれ?」


 地面が激しく揺れ始めたのだ。反射的に骸骨の方を向くと、骸骨が数人がかりで落ちぬよう、騎馬戦をするように必死に溢しまいと支えている。


「お、起きたようじゃの。さっきわしらみっともなく騒いだからのぉ」


 と、大木に向いて魔王は言った。


「は? この地震ってそのジャングルの王様の仕業なのか!?」


「そじゃよ?」


「寝起き悪すぎるだろ、地面に寝そべって、起きたら地面をだんだん叩いてるってこと――!?」


 いや、違う。何か違和感があった。これまでのやり取りで、こまごまとした違和感が。その違和感を無理やり解釈していなかったか? 自分の考えが正しいことを前提として。

 俺はこう思っていた。

 ジメット密林の王様。密林をジャングルだと頭の中で言い換えていたが、その辺りから無意識に、謁見する王様の事を「猿かゴリラの王様」だと思っていた。そこが違和感だ。森の王様、ジャングルの王様とか言うとゴリラを想像できるのは、ドンキーコングをプレイした現代人類の概念だ。


 ここは、異世界なんだぜ?


「なぁ、まさかジメット密林の王様って――」


 ゴゴゴゴゴ! と依然として地面の揺れに耐えながら魔王に尋ねると、思い出したように拳を手に叩く。そのアクションは、まさか異世界発祥なんですかね。


「そっか! なんか変じゃと思ったんじゃよ、言ってなかったの」


 もはや指をささずとも理解できる。満腹中枢が刺激されているのか、頭が上手く働いていないらしい。いや、そもそも召喚されてまだ一睡もしていないどころか、召喚される前は眠る前だったのだ、頭が働かないに決まっている。


「種族名『アルクウッド』。その名を、『クスノ』じゃ」




「まずいいいいいいいいいいいい!!!!!」




 根っこや枝をブンブン振り回し、巨大な樹木が樹皮を顔のように歪ませて叫び出す。

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