<第二章:食料を確保せよ>
第8話
食料がない。異世界でこんなリアリスティックな問題にぶち当たるとは思わなかった。前の世界では、食料に困るということはなかった。他に何が大変だったのかと問われればそれは別の機会に想起せざるを得ないが、今はこの喫緊の飢饉をどう凌ぐかが重要なのだ。キンキンに冷えた水で頭を冷やしたて考えたい事情だった。
腹が減っては戦ができぬ。勇者が来たら戦えぬ、だ。
「よし、まずは現状把握だな。魔王に質問。食べられそうなのはどれくらい残ってる?」
「缶詰三日分じゃな、一人あたり、というか一個体あたり一食が一缶と換算して、スライム20に骸骨5のゾンビ7、なんかでっかい骸骨兵士2とさっきの大きなドラゴン1と、誇り高き魔王に堕落神官とゴミ人間じゃから、まぁ一日もったらいい方じゃな」
「上司がなんかでっかい骸骨兵士とか言ってやるな。ってか、骸骨とかゾンビって飯いらねぇだろ」
「いやいや、骸骨は定期的にカルシウム摂らんと崩れる、ゾンビはタンパク質を摂取せんとドロドロになって体を保てん。何でも飯は必要なんじゃ」
骸骨とゾンビは、我らにも飯を! と言わんばかりにガシャガシャドロドロと自己主張する。あんだけ宴会用に料理を振舞ってくれたために強くは出られないが、いやその食料を節約すればもっと長期的に計画できたからな?
「ってあれ、さっきゴミ人間って言った?」
俺の質問を無視して、神官の女子が呆れ気味に呟いた。
「牧場の肉も勇者が全部持ってっちゃったからねぇ」
「マジか!? わしの牛魔肉がぁ……固有種なのに……超旨いのに……」
落胆する魔王はさておくとして、多分聞き間違いなんだと思ったので気を取り直し「全部持ってった? 一体どうやって?」と尋ね返す。神官の女子は向き直った。
「勇者にはアイテムボックスがあるからね、99個までなら1種類のアイテムを持ち放題なの」
「アイテム、ボックス!?」
アイテムボックス。それは主人公に許された四次元ポケットである。なんなら四次元ポケットと違い、自動種類振り分けや数量計測もしてくれる優れものなのだ。整理下手なドラえもんにはうってつけだ。
「それって、そういう能力なんだ? アイテムボックスっていうアイテム?」
「さぁ、私にも詳しくは分からないんだけど、生肉をズボンのポケットに入れたら吸い込まれてたから多分それかも」
「どう〇〇の森じゃねーか」
勇者の能力チート過ぎるだろ。よく生きてるな俺達。まぁ過大な能力を急に与えられると、俺達を取りこぼすような油断いっぱいの人間になるのかもしれない。だから生き抜けたのかも。
だが、アイテムボックスで色々と奪われたとあっては、根こそぎ奪われていると思っていいだろう。マジであいつ勇者なの? さっきのまでの話だと泥棒にしか思えないんだけど。
「ぐぬぬぬ……あ!」
と、魔王に電流走る。が、更に落胆した。忙しいやつだ。
「んだよ、何か良い手が思いついたのなら言ってくれ」
「いやー、んー」と、魔王は悩ましげに唸り、躊躇いがちに呟く。
「あるにはある。その種を植えれば、食糧難には困らないと言われる伝説の種が、ジメット密林にあるんじゃが――」
「おお! 良いじゃんそれ取りに行こうぜ! 流石は魔王だ博識!」
素直に感心したのだが、神官の女子はうげぇっと表情を崩した。
「あれ行くの!? やだなぁ」
「ん? 何かあんのか?」
テーブルクロスで体をきゅっと抱き締めて、苦々しく言う。
「一度だけ四人で入ったことがあったんだけど、湿度やばいし、虫も多いし! しかも奥のボスがヤバいのよ! だから諦めて引き返したの」
湿度や虫ならまぁ何とかなるだろうが、首をブンブン振る所を見るに、ボスがヤバそうだった、勇者パーティーをも退ける実力とは。ってあれ、それ魔王よりも強くないか? 疑問を口に出す前に、魔王が説明してくれる。
「ジメット密林にいるボスというのは、歴代魔王に仕えてくれとるわしの部下の一体での、単体ではそれほど強くないんじゃが、密林では恐ろしく強さを発揮するんじゃ。ご近所ではジメットの王様とも呼ばれている。そやつがその種を管理しておるんじゃよ」
ご近所と言われるとなんだか偉大さが軽減されてしまうが、歴代の魔王に仕えていた部下となると、そりゃ今の若大将よりは強そうだ。世の中トップが一番強いわけではないということか。つばを飲み込む思いだが、それでも魔王の部下なんだから、権力を傘にもらえないのだろうか?
「部下なら権力使えば貰えるでしょ?」
神官の女子も同じことを思ったのか尋ねるが、魔王は首を横に振った。
「その種はそやつの副業で生産されてる種なんじゃよ、副業OKと言ってる手前、強く出られんでのぉ」
魔族業、副業OKなんだ。まぁ生活の基盤は多いほうが安心するよね。このブラック神官も、勇者パーティーが副業とか言ってたし。地に足付いたというか、なかなか建設的なやつなのかもしれない。となると無理やりってのは難しそうだ。
「なら、そいつの好みのものと引き換えに貰うってのはどうだ。物々交換作戦を提案する」
だがそれにも魔王は微妙な顔。
「ちなみに何が好きなやつなんだ?」
「水」
……ん?
「水? 水商売的なものの隠語か? ならこのお下劣神官を生贄に捧げるが」
「誰がお下劣神官よ!」
天馬も無酸素運動で逃げ出すほどの非処女臭い神官の女子はともかくとして、魔王は人差し指をチッチッチと揺らす。
「あやつは水にはうるさいんじゃよ、水ソムリエじゃからな」
俺の世界にもいたな、水ソムリエ。軟水か硬水を当てることはもちろん、ミネラルウォーターの価値を消費者に提供したり、あらゆる人に適した水を教えてくれたりする人の事をいうらしい。その水ソムリエという副業をしているから、水が好きであるということか。猿がうら若き、いやただ若き神官の女子を弄ぶ情景は想像に難くないが、流石にグラスに入れた水を口に含んでのテイスティングをしている様子は想像しづらい。しかしここは異世界だ、そういうこともあるのだろう。
さて水をどう用意したものか、と考えたところで、閃く。
「お、水ならあるんじゃん」
「あー、あの魔王追い詰めたあの湖ね」
人間二人は結構乗り気に同じ水を想起させたのだが、魔王一人は両手をバツの字にして否定した(そういう概念は同じなのな)。
「ダメじゃ! あれは神聖な水でご先祖代々守ってきたもんなんじゃ!」
「別に良くね? 何か本質的に水を外に出せない理由あんの?」
「い、いや、別にそういうんじゃなくてじゃな、代々守ってきた水には思いが込められていてじゃな」
顔を引きつらせて、必死に水を奪われまいとプレゼンするけれど、しかしその拙いプレゼンでは俺の心は響かなかったようで、自然と言葉が漏れていた。
「んじゃ本当に思いが込められてるか、水ソムリエに鑑定してもらおうじゃねーか」
魔王はうるうると、なけなしの水分を袖で拭った。
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