第7話

 むしゃくしゃしたので神官の女子の手足を豚の丸焼きの如く棒に縛り、骸骨達に魔王城まで運ばせてしばらくの事。魔王がとててっと小さな足取りで先行し「ここで待っておくがよい」と俺と神官の女子を、とてもだだっ広い食事室へと案内してくれた。勇者との闘いによってか、黒い外壁や窓にはヒビが入っている。静かな空間で二人いるのもなんだか気まずいので、他愛もない会話に花を咲かせることにした。


「なーんか楽しそうに出てったけど、あの魔王何企んでるんだろうな、あれかな、一晩置いたカレーでも持ってきてくれるのかな? やっぱりカレーは一晩置くに限るよなぁ、あ、だからって常温で置いておいたり、一食のためだけに全部温めるのは良くないぞ? できるだけ菌が増えにくい温度を保つのが大事だからな」


「あんたのカレーうんちくなんて知るか! せめて何か着せて! 光で隠してても恥ずかしいものは恥ずかしいの!」


「お前のせいで全世界に俺の無様が晒されてしまったんだ、これくらいはしないとな」


 ちなみに今の神官の女子の姿を説明すると、椅子二つを用意し、神官の女子の手足を縛っている棒の両端を椅子の上に乗せ、橋を架けるようにしている状態なのだった。火を焚けば完璧か。


「分かったから! アーカイブ消すから許して!」


「ちゃんと俺の出てる部分だけ消すんだぞ、良いな。それくらいの編集できるだろ」


 縄を解き、神官の女子は地面に「ぐへぇ」と叩きつけられる。だいぶ気分が晴れてきたので、広すぎる部屋の黒いテーブルクロスを1つ引っ張り渡してやった。


「ほらよ、いつまでも光で隠すんじゃねぇよ眩しい」


「へぇ? あ、うん、ありがと」


 テーブルクロスを身にまとってもきゅっと体を縮こまらせる。そこまで寒くないと思うのだが、頬が少し赤くなっているところを見るに、少し風邪気味だったのかもしれない。移されると厄介だ。


 しばらく待っていると、魔王が、その小さな体躯と大差ないほどの大きさのコック帽を被ってやってきた。その背後からは、旨そうな料理を運ぶ骸骨やスライムたちが、かつんかつんとテーブルに料理を配膳していく。魔族が運んでくる割には、普通に人間目線でも美味しそうな料理で少し驚く。


「貴様等には勇者撃退において多大なる功績を修めてくれた、特にお主は、召喚されて間もないのにも関わらず、素晴らしい仕事をしてくれた。今日はいっぱい食ってくれ! 乾杯!」


 うぉーー! と叫んで楽しく料理をつつく化け物たち。しかし勇者撃退において多大なる功績を修めた者にこのガングロ聖職者も入っているのが、それでいいのか? 感が否めない。当人はペカっと笑い「えへへへ、どうも」と、骸骨にお酌されてるし。お前ら本当にそれでいいのか?


「まぁあ奴は確かに元勇者一行とはいえ、勇者への怨念は魔族のそれに匹敵するからの。来るもの拒まずが我が魔王城じゃ」


「それ絶対勇者も混ざってるだろ。あ」


 そういえば、と話を切り出す。勇者がせっかく来てくれたとかどうとか言っていたが、今なら詳しい話が聞けるかもしれない。


「そういや、勇者がせっかく来てくれたとか、言ってたよな?」


 魔王は「んあ?」と肉に噛みつきながらこちらに向く。それを口でもぐもぐと咀嚼してからごくんと飲み込んだ。ハンカチで口元を丁寧に拭うと、そのハンカチをテーブルに置いて、向き直る。


「何の話じゃ?」


「ほら、宿襲う前に言ってただろ。まるで勇者を快く招いているような言いぐさだったじゃないか」


「ああ、そのことか」と水をごくごくの飲むと、机にカツンと力強く置いた。そしてゆっくりと呟く。


「我ら魔の一族は、勇者に倒されるために存在しておる。故に待っていた。それだけじゃ」


「倒される……?」


 二の句が継げなかった。その表情からは、不思議さというか、呆れというか、悲しさというか、そういう不可思議な気持ちがないまぜになったようだった。自分でも良くわからないけれど、先程口に出した使命は迷いなく言えるのだろう。


 何が正しいかは分からないけれど、何となく正しいと思えることを選ぼう。という感じ。


 俺が、世界の事を嫌いになった理由が、この世界にもあるような気がした。


 だが、いや、ならおかしいだろう。一縷の望みを胸に、小さな胸の魔王に尋ねた。


「ちょっと待てよ、ならなんでお前は生きている? 弱体化しているんだったっけ? それでもそこまで勇者はお前を追い詰めたはずだ。ならばそのまま死んでも不思議じゃなかっただろう?」


 その問いに、魔王は初めて笑みを失わせた。やがて歯噛みし、小さな頭をかかえる。苦しそうに、未来の行く末を彷徨うように。


「それが、わしにも説明できんのじゃ。確かに、あの時は仕方がないと踏ん切りをつけていたというか、死ぬことに、何の躊躇いもなかった。じゃが、勇者と戦っていて、ふと思ったのじゃ」


 わしは、このままでいいのかと。


「ただ生まれて倒される。疑問なんてしたことがない。ただ何かに決められたように、でも安心して日々を生きていた。だから最後も迎えられた。けど、おかしいんじゃよ。死ぬ間際、死にたくないって思ってしまったんじゃ」


 おかしいじゃろ。と呆れたように、自嘲したように笑う魔王。ただ死ねばいいものを、何の因果か死ぬのを躊躇ってしまった自身を嘲った。見ていられなかった。


「そんなわけねーよ、いいじゃねーか、生きても。俺が保証する、お前は俺が殺させねぇ」


 世界に、殺させはしないから。そう付け加えたのにも関わらず「ま、別に良いんじゃがな」と諦めたように言った。


 この世界はどこか歪だ。否、逆だ、。まるで何か、運命のようなものが力強くこの世界の住人を支配しているように思う。深層心理を縛るような何かが、彼らを輪廻の螺旋に閉じ込めている。


 まるで、あの世界、みたいじゃないか。


 しかし、彼女は抗ったのだ。だからこそ俺はこの世界に呼ばれたのだろう。

 嬉しいな、俺みたいな人が他にもいたなんて。人じゃねーけど。

 いや、人もいるか。


「なぁ、お前にも聞いておきたい。なんで勇者を裏切ったんだ?」


 神官の女子は料理を食べずにパシャパシャと杖で写真を撮り、ホカホカ料理が冷めそうだった。スライムや骸骨が食べたそうに料理に手を出そうものなら「ちょっと邪魔! 影ってるじゃない!」と威圧していた。部下たちがしょぼんとする。


「勇者パーティー、なんで辞めたんだ? ずっと一緒にいたんだろう?」


 撮影を止めてこちらを向く。テーブルクロスをマントのように翻して「そうねぇ」と体をふりふりさせて悩まし気にしていた。その体がピタと止まる。


「って、言ったでしょ、あの勇者の私への扱いに愛想尽かしただけよ」


「でも、また戻りたいって思うんじゃないのか?」


 今までのおふざけなく、俺は神官の女子に詰め寄った。そういえば、メアリーとか呼ばれてたっけ。こいつもそういう世界による圧力があるならば、再び勇者と肩を並べたいと思うはずだ。


 その確認をしようと迫ったのだが、神官の女子は後ろに退き「え、ちょっと待って待って!」と杖を持たない手をブンブンと左右に振る。


「答えろ、心のどこかで、戻りたいって思っていないか?」


 真っ赤にした(焦げてるから真っ黒なんだけど)顔を背け、テーブルクロスの中でモジモジとしている。そしてボソボソと呟いた。が、衣擦れ音といい勝負な音量で全然聞こえない。


「おい、もっと大きく言ってくれ」


「だから! 戻りたいなんて思わないって言ってんの!」


 しびれを切らしたように、メアリーは叫んだ。そしてぷいっと俺を素通りし、元居た席につき、冷めた料理に手を付け始めた。ふーむ、まだ仮説の域を出ないか。もっと調べる必要がありそうか。


 ま、俺も今日は疲れたし、つーか本来ならもう寝ているはずだったところを召喚されて散々だったし。英気を養っておくかね。腕をまくり、俺は肉、肉、肉! と豪快に食べ進める。タンパク質が身に染みわたって、体中が雄叫びを上げるような心地だった。しかも異世界の食材だからなのか、脂っこさや作られた栄養素感が全くない。舌つづみを打っていると、魔王が笑顔を取り戻していた。


「ガツガツ食うが良い! 明日からも魔王代理としてビシバシ働いてもらうのだからな!」


 魔王代理はまだ続くようで、そのスケールがどれほどのものなのか想像しただけで食い気が引く。しかし、仕事というのままず手を付けることが大事だ。優先順位の一番高い仕事を魔王は明日からさせるつもりなのだろうが。


「明日って、一体何をすんだ?」


「そろそろ食料が尽きようとしておってな、それの復興からじゃ。じゃが畑や畜産の農園まるごと勇者にボコされてのぉ」


 食い気が一気に引いていく。胃袋が節約モードに入ったのだ。俺は顔を引きつらせて、出された料理に指さして聞いてみた。現実と向き合うの、こええ。皿の中身に指をさした。


「え、じゃあこれって、何?」


「備蓄に決まっとろうが」




「食ってる場合じゃねぇなぁ!」




第二章、食料を確保せよ。

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