第6話
「良し! ファイヤー!」
ギャウ? と竜は空を飛びながら首をこちらに向けつつ小首をかしげる。ちなみに竜の背に乗っているので、
「いやだから、ファイヤーだって!」
「火を吐けと言っとるんじゃ」
魔王の翻訳により、小首をかしげた方角、つまり竜の背中に立つ俺の方へと炎は放たれた。それをギリギリで回避する。いや、少し服が燃えてしまった。前世の思い出が……。
「あぶねぇな! アホの子か!」
ググググ。としょんぼりと唸る。何でそれは伝わるんだよ。あ、あれか、ニュアンスか? 体を動かしたりして伝える非言語コミュニケーションか?
「あはははは! 燃えてやんの!」
「よし、あの神官の服を真っ黒にしろ」
俺に背後にいた神官の女子を前に引っ張り出し、指をに向けてそう言った。がふ、と火を放つ。漫画のように服ごと丸焦げに、というか服は炭化して朽ちてしまった。杖だけは残っているようだが。神官の女子は真っ黒な裸状態で、魔法で謎の光を放ち色々と大事なところを隠して喚いた。
「ちょっと! 伝わらないんじゃなかったの!?」
「ニュアンスだ。非言語コミュニケーションだ。とりあえずこれで魔王の翻訳はいらなさそうだな」
俺は改めて。バッサバッサと羽ばたく竜に向かって、腕を大きく振りかぶり、宿に指さして叫んだ。
「ファイヤー!」
ボボボボボボー! という空気が歪むような音と共に、宿に向かって炎が放たれた。これで勇者の寝込み焼きの完成だぜ! 万が一残党がいようものなら、地上に侍らせている魔族全軍によって片づけることができる。と思っていると、宿の屋根が少し剥げているだけで、宿の図体はほとんど無傷だった。
「なにぃ!?」
あり得ない。明らかに木製の宿だったので燃やせると思っていたのに!?
「いやいや、宿には保護石っていう宿を守る石があって――ってなにぃ!?」
真っ黒の神官の女子が、思いっきり聞き捨てならないことを言ってから、俺のリアクションを反芻した。文句を言ってやりたかったが、こいつが何故こんなに驚いているのかが気になったので、竜の背の下に位置する、屋根が燃え尽きた宿を見た。そこに見える風景は、一つのベッドに、勇者と一人の女性が薄着で今にも口づけとかしそうな瞬間だった。部屋の壁には魔法使いが被っていた黒いとんがり帽子がかけられてある。俺の作ったチャンスを活かしたようだな。その隣の隣の部屋で(左から勇者部屋、魔法使い部屋、戦士部屋という感じだろうか)屈強な体をした男が眠い目を擦っていた。健康でなによりだ。精神衛生以外は健全そうだな。
「な、ななななんだぁ!?」
「きゃっ!」
勇者が汚いブリーフを晒して、仰向けに倒れながらその竜に乗る俺達を視認した。魔法使いは何事かわからず、条件反射でその場のシーツを体に覆った。それを見下ろしていると、勇者がふとこちらを見てきて、神官の女子と目が合った。
「あ、やば」と言って俺の背に隠れる。勇者は一瞬訝しんだが、気まずそうに眼を逸らした。魔法使いの方はというと、黒い神官の女子を見て口を押える。
「まさか、魔族にさせられたんじゃ……」
その反応に、勇者が目を見開いて「あぁ!」と納得したような返事をした。「あぁ!」て。仲間魔族にされた反応じゃねぇだろ、魔族じゃなくて黒焦げになってるだけだけど。その魔族に堕ちた神官にそろそろ詳しく聞いてみる。保護石について。
「おい、保護石って何だよ」
「宿を守る結界バリアーよ。それによって勇者やパーティーは夜を明かすと全回復するし、その施設の宿は魔族の攻撃から守られるの」
「なるほどなるほっど!」
飛び降りる。自然落下の重力加速度から計算するに、部屋の地面へ着地したと同時に前転すれば怪我なく降りられるだろう。と思っていたのだが。落下途中、勇者が見上げる視線の位置で着地した。着地した!? バリヤーに阻まれ勇者に近づくことができない。顔を上げた。
「おいどうなってんだ! 俺別に魔族じゃねーだろ!」
「わしの召喚したうぬは一応種族的に魔の方じゃよーい!」
先に言えよーい。だが勇者のところに行けないな、と足の下の、床が水槽になっている水族館に来た気分を味わっていると、勇者はにやりと笑い、べろべろと汚らしく舌を出した。
「やーい! ここまでおいでー!」
こいつ、襲って来られないと分かるとこれか。むかついて見下ろしていると、上から何やらパシャパシャと楽し気な音が聞こえてきた。見上げてみると、竜の上で杖を天にかざしてポーズを取っている神官の女子(ブラックバージョン)がいた。
「お前何やってんの?」
「黒くても、これはこれでかわいいかなーって! ガングロってやつ? 今のうちに撮っとかないと」
「え、何、撮る?」
「知らぬのも無理はないな」
魔王が俺と同じ位置に降りてきて説明してくれた。
「こやつはこの世界では有名なプリーストッカーでな、こうやって放送魔法を使って全国に放送することでアクセスを稼いでいるのじゃ。投げ銭で稼いでおるらしいぞ」
「勇者パーティーは副業でーす」
マジかよ、実はすごい奴だったんだな。自撮り棒のように杖を使って自分を撮影しているということか。
ならば。嫌なことを、じゃなかった、良いことを思いついた。
「おーい、ならこいつらを生放送してくれよー!」
指をパチンと鳴らして「その手があったか!」と言うように、杖をこちらに向ける。勇者と魔法使いがギョッと驚いて、慌てて服を引っ張って外へ出た。しかし部屋を出たタイミングで、起き抜けに外へ出ようとしていた戦士と鉢合わせした。しかも二人ははだけ状態。戦士の顔がどんどんと赤く歪んでいく。
「ふふふ二人とも何をやってんだ!」
「う、うううるせぇな! 上見ろ上!」
戦士が上を見ると、竜の背に乗って下の三人をライブ配信する神官の女子の、真っ黒の姿を見た。
「メアリー!? なんでそんな姿に!?」
「魔族に堕ちちまったんだよ! いいから撤退だ撤退!」
勢いに任せて、勇者ははだけた魔法使いと共に宿の階下へと行く。
しめた、これで勇者を外に追い出すことができる。ドーム状のバリヤーを滑り、宿の玄関前へ移動した。勝ちを確信した俺は「さぁ来やがれ! お前ら弱い者いじめの無様を世界に晒してやろう!」と言ってみる。
……しばらく待っていたのだが、全然出てこない。あれ? 数分が経過。だが出てこない。あれかな、着替えてるのかな? 入れないことを良いことに準備を入念に進めようとしてやがるのか。
「出てこーい!」
「なにやってんの~!?」
待ちかねて急かした俺を、竜の上から神官の女子が杖カメラを構えつつ叫んだ。それに振り返って「なぁー、あいつら出てこないんだけどー?」と返事をする。
「保護石って宿と宿を一方通行だけどワープできるのよー。言ってなかったっけー?」
俺の無様が、異世界中に晒された瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます