第4話鈴木晃司side
「仮の婚約で良いんです。学生の間に俺に相応しい女性を見つければいいでしょう」
これは本音だ。
「だがなぁ」
「たとえ婚約を解消しても鈴木家との縁を継続すれば相手も喜びますよ」
「そういうがな……」
「名家の令嬢と婚約すれば問題でしょうが、そうでなければ問題ないはずです」
「確かにそうだが」
渋る父に対して、母が言った。
「晃司の意見に私は賛成です」
「おい!」
「伊集院家との婚姻が無理なら別の縁を考えるべきです」
「まだ、無理と決まったわけでは……」
「可能性は低いでしょう。ここは別の家柄をの縁組を考えるべきです」
母が父の背中を押してくれたおかげで、いったんは『伊集院家の令嬢』との縁組は保留になった。
どうやら父の方が『伊集院家の令嬢』に執心だったようだ。母は無理なら違う家と、と言っている時点で現実が見えていたのかもしれない。
結局、俺は大学四年生の間、神林杏という偽りの婚約者と共に過ごしたのだった。
過ぎすとはいっても、お互い学校が違う。
俺はエスカレータ式の私立の大学だったが、彼女は公立高校から国立大学に進学している。
会うのは休みくらいだ。
それ以外はメールや電話のやり取りだったが……自分でいってアレだが事務的な内容だ。
正直、都合が良かった。
向こうから会いたいと言われたこともないし、こちらから会いたいと言ったこともない。
義務感のみで付き合っていたといっても過言ではないだろう。
だからというわけではないが、神林杏に恋愛感情は湧かなかったし、大学二年で俺が別の女性と交際を始めたのもある意味当然の結果だったと思う。
その頃には、両親の期待も落ち着いてきた。
『伊集院家の令嬢』の話題がなくなった。
ちょうどいいタイミングだったのだろう。
卒業と同時に俺は鈴木グループに入る。
それはいい。
決められた道を進むのに多少の反発はあれど、他にしたいことがあるわけではないのだから仕方がない。
ただ、一つだけ問題があるとすれば、結婚相手だ。
神林杏。
彼女を婚約者だと発表した時、誰からも反発はなかった。
煩い連中を黙らせられたことは痛快だった。
鈴木家の嫁になりたい女性たちからの煩わしいばかりの接触もなくなり、俺はようやく静かな時間を手に入れた。
こんなに簡単に大人しくなるのならもっと早く婚約者を決めておけばよかったと後悔したほどだ。
だから婚約者が変更したところで誰も文句はないだろうと、俺は本気で思っていた。
両親も神林杏との婚約のこともあってか、俺が恋人を新たな婚約者にすると告げても大して反対はしなかった。
二度目だからかもしれない。
古い家柄の令嬢との結婚は難しいと考えたのかもしれない。
実際、旧家の令嬢から何故か鈴木家は遠巻きにされていた。
俺が別の女性と交際しているという噂が社交界で秘かに流れているらしい。いったいどこからバレたんだ?……まあ、ユカとの仲を特別隠し立てはしていなかったが……そのせいか?
少なくとも両親は『伊集院家の令嬢』でなければ誰と結婚しても一緒と感じているようだ。そのお陰で婚約者の変更に文句を言われることもなかった。
そもそも『つなぎの婚約者』だ。
一生を共にする相手ではない。
彼女とその家に説明はしていないが。
神林杏との婚約解消。
それがどれだけの影響を俺に与えるかなど、考えてもいなかったのだ。
まさか数ヶ月後、全てを失うことになるなどとは、この時の俺は考えてもいなかったのだった。
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