第7話大場元夫人side
離婚して二十年近く経ちました。
実家に戻ってからは、私は正式に女将として采配を振るうようになりました。
少し改革してみたところ、活気が出てきて好評のようでホッとしました。
ホテルで知り合ったお客様がこちらにわざわざ足を運んでくださるようになったことも旅館に良い影響を与えています。
忙しい日々の中、突如、元夫から「息子達に会いたい」と連絡がきた時は驚きを隠せませんでした。別れて一度たりとも連絡がなかったのです。「息子の存在を忘れているのでは?」とこっそり思ったくらいに全く接触がありませんでしたのに……。
何故今頃になって?
疑問しかない突然の連絡に戸惑ってしまいました。
夫曰く「偶然、自分によく似た息子を街で見掛けた」と言うのです。
そうですか。
「だから会いたくなった」と言われても、だから何?と思うしかありません。
実際、会うための口実とも取れる言葉。
そもそも自分の傍に息子はもういるでしょうに。
探せば他に数人いると思われるのに一体何を言っているのだろうか。
「そういう訳で、お父さんが会いたがっているみたい。勿論、会うかどうかは貴方達の判断に任せるは。こればかりは息子である貴方達が決めることですからね」
息子達の意志を尊重することを伝えれば、息子達は「今更あってもな~」と頭を悩ませているようでした。
一応、父親という事で会う事にはなりました。
私はついていきません。
会う必要性を感じませんでしたし、元夫婦で何を話していいのか分からなかったのです。
父親と対面し終えた後、息子達は呆れた顔で家に戻っていました。
「アレが父親……」
「お母さん、別れて正解」
酷い言われようです。
「何かあったの?」
「あの人、うちが老舗の旅館だってことも知らなかったよ」
「自分のところのホテルが潰れそうだから助けてくれってさ。アホだろ」
息子二人は辛辣です。
ですが、そうですか。
元夫は私の実家を知らなかったんですか。そうですか。
「だいたいさぁ、100年で名家ってなに?」
「いや、150年のホテルだって言ってたぞ」
「そうだっけ?100年も150年もかわらないよ。要はさ、三代続いたら老舗って感覚が理解できない」
「ああ、それは俺も思った。それ言ったら商店街全部が老舗になるからな」
「せめてさぁ、500年にしとけよ」
「それだと洋菓子店とか洋食店が困るからじゃないか?」
「は?薬屋から菓子屋になった店が商店街にあるけど?」
「それは和菓子だろ。洋菓子だとそうはいかない。明治に入ってからになるからな」
「ホテルも同じか……」
「ま、そうなるんだろう。昔からの宿屋にしたら失笑もんだ」
息子達の会話はなかなか興味深いものがありました。
代々続く老舗旅館で幼少期からずっと過ごしていれば、そうなるでしょうね。
折角です。
元夫をうちの旅館の創立1000年記念パーティーへ招待するのもいいかもしれませんね。
元夫が「古臭い」と馬鹿にした旅館は実は立て替えたばかり。ほんの100年と少ししか経っていません。旧旅館の建物は国の重要文化財に指定されていて、他者がどうにかできる代物ではないんですよね。そこの辺を大場家の人達は理解していなかったようです。
あの人達が馬鹿にした「地味で目立たない黒塗りの漆器」。
あれも全部、国王級なんですけどね。
どうも美的感覚が違ってました。
金ぴかにすれば良いという訳ではありませんのに。
金は金でも本物と紛い物の区別も分からなかったようですし……。
ホテルに飾っていた花瓶。
あれはどう見ても偽物でしたもの。
彼等は本物と思っていたみたいですが。
本物とは、ご縁が無かったようです。
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