第3話大場社長side
そうして始まった結婚生活は、『新婚』とは縁遠いものだったが、所詮は見合い結婚だ。こんなものだろうと思った。寧ろ、他の女のように俺に媚びを売ってこないだけマシってもんだ。
笑顔で、いつも三歩後ろに控えている。
従順なところがたまに苛立つ。
堂々と横に立って俺と同じ速度で歩けばいい。なのにそれをする気配すらない。『妻』が俺に対して何かを求めてくる事は稀だ。
例外は二つ。
仕事と子供。
これだけだ。
仕事は別段どうでもいい。好きにすればいい。俺の足手まといになるようなら辞めさせればすむ話しだ。「世間知らずのお嬢さんの道楽」とでも言えば納得するだろう。…………が、予想を覆した。いい意味で。
『妻』は主に裏方の仕事を好んだ。
たまに接客にあたるが、それはスタッフでは対応できない客の場合にのみ。特に外国からの客への対応がスムーズにできるのには驚かされた。英語すらできないと思っていたのに。俺の疑問に『妻』は首を傾けながら答えたのだ。
「私の実家は旅館ですよ?様々なお客様が起こしになりますから」
「そういえばそうだな」
納得の答えだったが、一部腑に落ちないものがあった。
それは如何にも上流階級出身の客に対しても動揺することなく接客ができたことだ。しかも外国人相手でも変わらなかった。いや、より丁寧だし、なによりも……。
「708号室のお客様はイギリスの方ですね。ええ、アメリカ英語は通用しませんので、イギリス英語ができるスタッフに対応させた方がいいです」
「それは無理だ」
「何故ですか?」
「うちのホテル従業員の大半はアメリカ英語しか喋れない」
「留学経験者が多いと伺っていますが?」
「アメリカが主だ。次にオーストリア、ヨーロッパだな」
「それでは何かあれば私が接客しましょう」
「いいのか?」
「はい。その方がイギリスの御夫婦も安心するでしょうから」
後で知ったが、そのイギリスからの老夫婦はお忍びでの旅行だったらしく、旅行先で綺麗なキング・イングリッシュを話せる『妻』の存在は有難いものだったそうだ。
確かにそうだ。『妻』は英語に限らず、ドイツ語やフランス語を話せるが、そのどれもが綺麗な発音だ。調べたら上流階級の話す言葉だった。俺ですら喋れないというのに何故!?――――驚愕した。田舎娘とは思えない言葉遣いとマナーに従業員一同は呆気に取られていた。
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