第10話中島秀一side

 離婚している奴なんて珍しくない。

 再婚している奴だってごまんといる。

 なのに何で俺だけ非難されないといけないんだ?おかしいだろ?


 ゴシップネタのように話されるのも腹立つが、それ以上に他の社員の好奇の視線に俺は嫌気がさしていた。

 最近、営業部の連中の目も厳しい。仕事がやりにくくなった気がする。部長や専務に目を掛けられているから直接何かを言われる事はない。ただ、玲子をよく知っている奴らからは憐みの視線を向けられることも多かった。


 当時、29歳で係長になった玲子は出世頭。将来を嘱望されていた。それを蹴って寿退社したんだ。俺と結婚してからも、俺は上司として部下を度々家に招いていた。その度に玲子は彼らをもてなしていた。玲子の良妻賢母ぶりを彼らはその目で見ている。



 評判の高かった玲子を裏切っての再婚。

 それは俺が思っていた以上の影響力を持っていた。

 同僚や部下の俺への風当たりが強くなったのは無関係ではないはずだ。



 そんな中で産まれた子供が生まれた。娘だ。里香りかと名付けられた娘を可愛がる義両親。


「私一人で子育てなんて無理だわ。パパがベビーシッター代を出してくれるっていうから、来週からマンションに来てくれることになったわ」


「は?ベビーシッター?生まれてすぐだぞ?」


「だからよ。だって私ひとりじゃ絶対に無理だもん」


「いや、お義母さんに来てもらえばいいだろう?」


「え~~~っ!それはもっと無理だよ。だってママも仕事あるし……。秀一は育休取ってくれないんでしょう?」


「……今、忙しい時期だからな」


「だったら良いよね?」



 最後は言い切られた。

 既に予約制のベビーシッターの枠もおさえてあるという。

 勝手に決められて事後報告だけと言うのはどうかと思うが、だからといって俺が子育てを手伝う訳にはいかなかった。課長になったばかりだというのもある。昇進したばかりで育休なんかとれば、休みの間に俺のポジションは他の奴らに奪われてしまうのは確実だ。出世にだって響くことは間違いない。義父からも「家事育児は他者に任せておけばいい」と言われていた。ああ……そうか。他に任せろというのは自分の娘じゃなくて雇われた人間に、という事だったのか。今更ながらにそれに気づかされる羽目になるとは。確認を怠った事を恨めばいいのか、それとも子育てを完全に他人にゆだねる精神に思い至らなかった自分の浅はかさを恨めばいいのか。


 香織は、玲子と違って出来ない事が多い。

 それが良いと思っていた。

 ちょっとしたことでも直ぐに「凄い」と目を輝かせる香織が好きだった。


 結婚してから玲子は小言を言うようになった。

 それが煩わしかった。

 何も出来ないお嬢様育ちの香織にはソレがない。


 なんでもそつなくこなす玲子と違って香織は俺の自尊心を満たしてくれた。


 結婚して子供を産んでもソレは変わらない。

 娘よりも俺を優先する。

 玲子とは違う。


 それが良いと思ったのに。何かが違うと心が警鐘を鳴らしている。

 浮かれていた頭が冷えていくようだった。



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