第3話石女と蔑まれて

 私が鈴木家に嫁いだのは、お互いが大学を卒業して直ぐの事でした。


 両親やお兄様は私に留学経験をさせたかったようですが、私は三年次編入を果たしました。友人の半数は海外留学を選んだようで、日本の学歴は短大卒業になっていましたわ。嫁ぎ先に鈴木家が学歴に拘る家でなければ私も留学を選んだかもしれませんが。これはこれで良かったと思っています。


 お兄様は「もう少し落ち着いてから結婚した方が良いのではないか」と言っていましたが、鈴木家からは「早く嫁に来て欲しい」と望まれていました。大学卒業の二年間は殆ど結婚式の準備に追われていましたわ。



 両家から、そして周囲から祝福された結婚。

 私は幸せでした。


 それが崩れたのは何時からだったのでしょうか。

 私が何年経っても子供が出来なかったからでしょうか?

 妊娠したと思ったにも拘わらず、それが想像妊娠だったせいでしょうか?


 その都度、夫や義両親は私を慰めてくださいました。



『なに、まだ若いんだ。そのうち子供も出来るさ。焦りは禁物だよ』


『桃子さんなら大丈夫よ。子供なんてすぐ出来るわ。二人の子供なら可愛いでしょうね』



 そう言ってくれたのです。

 そうして五年間結婚生活を続けていきましたわ。

 ですが一向に子供が出来ない私を、何時の頃からか夫は「石女うまずめ」と蔑称で呼ぶ様になりました。夫だけではありません。義両親も私を責め始めたのです。


『出来損ないの嫁を貰ってしまった』


『まともに子供が出来ないなんて』


『とんだハズレを引かされたものだよ、私達は』



 夫や義両親と顔を合わせると口汚く罵られる日々が続きました。

 家に帰ってこなくなった夫。

 態度を急変しだした義両親。


 今にして思えば鈴木家は私の後釜を用意していたのでしょう。

 それが夫の愛人であっても、一般家庭出身のお嬢さんであっても構わなかったのです。私との結婚によって名家との繋がりは十分手に入れていましたから。後、必要なのは次の世代。つまり、跡取りの誕生です。



 泥沼の離婚劇の半年後、私は離婚しました。

 結婚生活の最後の一年間は悪夢そのものでした。いえ、その前から夫とは夫婦の営みはありませんでしたわね。


 離婚後、私は実家に戻りました。

 両親と兄は酷く私を心配してくださって、鈴木家の横暴に義憤を感じてらっしゃいました。

 暫くは実家でゆっくりしながら心の傷を癒すつもりでしたが、そうも言っていられない事態になってしまいました。


 私の心無い噂が社交界に広まってしまったのです。

 親同士が決めた結婚、後継ぎ問題での離婚。私が『無能な嫁』、『子供も産めない石女』であるのは事実でしたから仕方のないことだったのでしょう。ですがそれが真実であっても口に出さないで頂きたいものですわ。

 噂はすぐに社交界へと広まりました。



『どうやら伊集院家の娘は子供の産めない体のようだ』


『そうらしいな。里に帰されたとか』


『折角、名家から嫁を貰ったというのに。不良品とは』


『それだけではないらしいぞ。浪費も激しかったらしい』


『愛人がいるらしいぞ。鈴木家が愛想をつかして離婚したそうだ』



 そんな根も葉もない噂が社交界を駆け巡っていきました。

 両親や兄を始め一族の者達、また私の友人達は否定してくださいましたが、一度流れた噂はそう簡単になくなりは致しません。それどころか私の名前が出れば出る程、より激しく中傷する者が増えるようでした。





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