第4話悪意のある噂
「どうやら鈴木家が主体として噂を流しているようだわ」
私の親友である
彼女が教えてくれました。
夫……いいえ、元夫の再婚相手は学生時代の恋人でもあったそうです。同じ学校の友人達の大半が二人の結婚を祝福しているとか。
「知りませんでしたわ。晃司さんにそのような女性がいたなんて……」
「桃子……」
「結婚前に知っていたら……私、身を引きましたのに……」
「桃子は何も悪くないわ」
「篤子は知っていたの?」
「……ええ。一応ね。結構、噂になっていたのよ」
「そうだったの……噂に……」
私は噂になっている事すら知らなかった。
「他にも気付いている子はいたわ。でも所詮は学生時代の間の事だと思われていたの。こういう世界で生きているんだもの。結婚と恋愛は別と割り切っている子は多いのよ。ただ、桃子はそういうタイプじゃないでしょう?だらか桃子を知っている人は桃子に負担にならないように気を配っていたのよ。まさかそれが仇になるなんて……」
篤子は「ごめんなさい」と頭を私に下げました。
彼女は何も悪くありません。私に内緒にしていた人達もです。皆様、私を想ってのこと。そしてなにより。
私の事を一番よく知っているであろう家族も私に教えようとはしなかったのです。きっと、それは私に対する優しさだったのでしょう。
離婚した時に覚悟はしていました。
親しくない方々の間で醜聞になるということを。
それでも、まさか噂の中に虚実が混ざっているとは考えもしませんでした。考えが甘かったと後悔します。
悪意のある噂は確実に私の精神を蝕んでいきました。
噂というのは便利であり残酷である事を実感した瞬間です。
嘆く私に家族や友人達は海外での療養を勧めてくれたのです。それもそのはずです。このままでは悪化する一方だと精神科の医師から診断書まで提出されました。
たしかにその通りでした。私は噂から逃げるようにスイスへ渡ったのです。
それから九年後。
私は一人の男性にプロポーズをされました。
男性の名前は、東雲シオン。
今注目されている投資家。
一見、日本人に見えますが、彼はドイツの血が流れているそうです。
日本人離れしているスラリとした身体。目鼻立ちも非常に整っており、まるでモデルのようでした。ハンサム、という言葉がこれほど似合う方も珍しいですね。
彼とは、サナトリウムでの療養中に出会いました。
私の主治医が治療の一環として彼を紹介してくださったのです。「これでも彼は心理学も学んでいたんだ。私の教え子でもあるんだよ」と私が驚き呆れてしまう事を先生から告げられました。
「何故か全く畑違いの職業に就いてしまったが、彼のカウンセリング能力は一級品だ。一応、医師免許も持っているしな」
茶目っ気たっぷりに言う先生の姿に私は思わず苦笑いで返しました。
きっと冗談を仰っているのだと思ったのです。
それから何度かお会いする内に私はシオンさんが信頼するに十分な人柄だとわかりました。先生が紹介するだけのことはあります。なにより、彼には安心感がありました。私の心を優しく包み込んでくれるような気がします。一緒に過ごしている空間はとても穏やかな気持ちでいられたのです。私は今まではずっと心休まる時はなかったのだと。常に誰かの言動を疑っていたのだと。鈴木家の方々は信頼に足りる人達ではなかったのだと理解したのです。そのような人達と五年も家族として暮らしてきたのですもの。その影響は計り知れないですわね。
そう考えると私はいつの間にか人を疑ってしまう癖がついてしまったようでした。
あの五年間の結婚生活は私の心に見えない爪跡を残すのに十分な期間だったようです。
スイスでの数年は心を休息させる時間だったのでしょうね。
私だけでしたら、きっと、まだ心の整理に時間がかかりそうでしたが……今は先生たちやシオンさんがいらっしゃいますもの。日本から家族や友人達も私を心配して何度もスイスに来てくれています。本当に優しい方々です。
そんな中でのシオンさんからのプロポーズだったものですから、私の心は揺れに揺れました。
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