第5話晃司side
学生時代の恋人。
今まで忘れる事が出来なかった女。
大学卒業と同時に別れる事になった陽向と再会したのは、皮肉にも俺が社長を任されている会社のロビーでだった。
陽向は中途採用で入社していた。
別れたくなかった。
できれば結婚したかった。
だがそれは無理だった。
俺には親が決めた許嫁がいたからだ。
拒否する事はできなかった。
大学卒業後、許嫁と直ぐに結婚した。
両家がそれを望んでいたからだ。いや、違うな。どちらかと言うと、俺の親が結婚を急かした。どこかで陽向の事を知ったのだろう。俺達は隠していなかった。その上、俺の母校は両親の母校でもある。情報は幾らでも入る。
学生だから許されていた恋――
妻となった女は絵に描いたような令嬢だ。
美しく、謙虚で従順。
妻との生活に慣れ、ぼんやりと「こういう生活も悪くない」と思っていた。両親から孫の催促が偶にあるくらいで特に問題もない。生粋のお嬢様育ちの妻はおっとりとした性格で、一緒にいると穏やかになれた。
燃えるような恋はないが、穏やかで静かな愛情は抱いていた。
数年は新婚気分を味わいたいと言う妻を可愛いと思った。
世間慣れしていない処が庇護欲を誘う。
妻となら暖かい家庭を築いていける。
そう思っていた。
だが……。
『久しぶりだね、晃司』
笑った顔は昔のままだった。
『元気にしてた?あ、結婚したんだっけ』
今気づいたと言わんばかりの表情。
頭は良いのに少し抜けたところは変わっていなかった。
『へぇ~~、ここって晃司の会社だったんだ。知らなかった。そっか、今は立派な社長さんだ』
上下関係のない会話をしたのは久しぶりだった。
気さくな陽向との会話。
まるで学生時代に戻ったようだ。
『私、営業部に入ったんだ。これでも仕事は出来る方なんだからね!』
得意満面で言い放つ。
宣言通り、陽向は直ぐに営業部の中でも有望な成績を収めていた。流石だ。陽向なら直ぐに成績を上げられると思っていたし実際そうなったのだと思うと自分の事のように嬉しくなった。
陽向の言動が学生の頃に近かったからだろう、俺は陽向とまた恋人の時のような気さくな関係にいつの間にか戻っていた。
仕事の事もそうだが学生の頃にあった些細な事を語り合う時間は楽しい。もともと仕事で遅くに帰る俺だ。妻に「急な残業が入った」と言えば「そうですか、じゃあお夕飯はいりませんね?」と言われる事に慣れていたから陽向と夕食を共にするのは問題なかった。
それに、妻は陽向の存在を知らない事も大きかった。京都のお嬢様学校に通っていた妻とは婚約期間中でも年に数回会えば良い方だった。物理的な距離もある。妻に陽向の存在を教える者もいなかった。
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