第8話 本末転倒

マンションを出た目の前の路上で

白くて幼い猫が血を出していた


タオルを取って戻ってきたら

向かいの家の車が子猫の頭部を破壊してるとこで


目玉と歯が飛び出しちゃってて

子猫はまだ温かくて


車に轢かれる前

もしかしたらまだ息はあったかもしれない

きっと痛くて苦しかった


施しても死ぬかもしれないのなら

一発で頭を轢かれて死ねたのだから

それでよかったのかな、なんて


飛び散った目玉と脳みそを拾い上げて

せめてこの子の温かさを今だけは

覚えていようだなんて、思った



あたしを車で迎えに来たユキトは

会う度に口数が減っている


『どこ行こうか?』


「別に行きたいとこないかな。

天気悪めだから歩きたくないし」


案を出しても乗り気ではなく

案を出してくれることもない

最近はずっとこう。だから嫌になる

でも理由は何となくわかっている


やることなくて観た映画が死ぬほどつまらなくて

ご飯食べてる間もつまらなそうにしてて


だから

トイレに行った帰り


『あたし帰るね』ってメール送って


「気をつけてね」だけ来る


結局車に忘れた日傘を思い出して取りに戻って

すごい素っ気なくて

引き止められたりはしなくて


別れ話になった

限界で


「ここ数ヶ月、ずっとエリカに優しく出来なかった

その事に自分で気付いてて、どうしようって考えてて、でもやっぱり優しくなれなかった。

どうにかしなきゃって思ってたのに」


『あたしも気付いてたよ

もう優しくしてくれないのかなって。

だから怒ったりしないようにしてた』


「それも嫌だった。

エリカは前みたいに怒ったりしなくなったし、色々我慢してるように見えて。

それも嫌だったんだよ」



どうしたらよかったのかな。

わかんないわかんない



「もう無理だよ。もう優しく出来ないよ」


『多くは望んでないよ。

ユキトに優しさを求めてるわけじゃない』


「そんなの嫌だよ。やめてよ

エリカは俺の努力とか頑張りを評価してくれない。

俺のこと、大したことないやつだって思ってるんだよ。

もっと必要とされたいし、認めて貰いたいのに。

エリカと居ると自分に自信が無くなるんだよ。

評価してくれる人と一緒に居たいんだよ。

エリカって俺のこと子供みたいな扱いするじゃん。

今日だってほんとは会いたくなかった」



あたしのことを一度も見ずに

泣きながらユキトは早口で言う


あたしはこの人と一緒に居るために

色んな男に愛を分散したのに


この人に依存しないために

色んな男と会って罪悪感を自分に植え付けたのにな

なんでそんなあたしの行動は努力にならないんだろ

自分ばっかり甘えて、結局共倒れするくらいなら

そっちも他を見たらよかったのに



本末転倒か

上手くいかないなあ



もう優しく出来ないだなんて

優しくしてくれたことなんてそんなに無いじゃない


あたしを都合良く扱ってたのは

そっちもそうじゃない


ユキトを責める気にはならなかった

あたしにも非はもちろんある

だけどほんとに終わりなんだと思った



「エリカと居ても将来が見えなかった。

エリカは誰かと生きる気なんて無いんだよ」



誰かと生きるって、何?

一人で生きられない奴が

誰かと一緒なら生きられるって何?

誰かと一緒に生きなきゃいけない理由は?

何それ。くだらない



寂しいって言う人が嫌いだ

寂しいから誰かといる人が嫌いだ

一人でいて寂しい人なんか

誰といても埋まる訳ない。根本の問題だ



帰ってから少し泣いて

最後の言葉を思い出して


そうだよ

あたし、誰かと生きたいと思ってるわけじゃない


だけど

あたしと同じ思考の人と一緒にいたくない

泣けただけまだまともだろうと

少し自分を納得させた



ゴロウとケイに


『あたしとどういうスタンスで一緒に居るの?

将来的なこととか考えてるの?』


そんな面倒なメールを送る

あたしも案外、あたしが嫌いなタイプ寄りだよね


2人とも

結婚を意識してるわけではないと言う

だよね。そうなんだよね知ってる


ゴロウからは電話が来て

長々と説教じみた話をされる


「そういうエリカはさ、どうしたいの?

エリカの答えが見えないから難しいんだよ。

エリカは俺とどうなりたいの?」


そう、それは確信を突かれたよね

あたしが一番知りたい部分

ずっと答えが出ない問い

だってもし結婚を意識してるって言われたら

どうせ逃げるんでしょ?なのに何を期待した?


男なんかに今更何を期待するって言うのよ


めんどくさ

最近頑張ってたのに

調子良かったのに

上手くやれてたはずだったのに


上手くやれてた、だなんて

考えてすぐそれは違うと思った

あたしが上手くやれてる事なんか何もない

そう、何もないんだ

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