第15話 伊吹の目覚め


 意識を、音が掠め取っていく。

 そして音を、今度は意識が捉える。音は、声だった。

 「伊吹!おい!おーい!」

 

 この声は、煌だ。俺はその生意気な声色に、このまま一生目を瞑ってやろうと思ってしまう。せっかく、こんなに草がさらさらと言ってくれているのに。その草を刈ってしまいそうな程シャキシャキとしたやかましいあいつの声に、そんな感じの意地が出る。

 

 「伊吹、死んでんのかな?」

 「はは、それは無いとは思うよ」

 煌と勉が緩い話で満足している。

 

 二人が、俺の近くにいる。息をしている。

 そんな事を感じた途端、俺は心の中で同時に発生した、二つの感覚に困惑した。

 すぐそこで、この瞼の裏側世界から目を解き放ったらすぐ近くに、煌と勉が居る。それを当然の事だと、思える自分とそうで無い自分が居るような気がしてならない。

 当然なのだと思う気持ちに傾けば殊更、欺瞞や焦りの味が唾液に混じり、そうで無ければ、悲運にまみれた涙の様な味が喉を通る。

 そして、そんなどうでも良い事に傾注する自分に、憤りが胸の底から込み上げてくる。

 

 一体、俺はどうなったんだ。

 

 憤りに耐えられず、溺れる間際の様に焦って上体を起こした。そして、息をし忘れていた事に気づいて、思い切り呼吸をしていた。

 

 「うわ、何だよ急に!」

 煌が気持ち悪い生き物を見る様な侮蔑の目で、俺を見下ろしている。

 

 「だ、大丈夫?」

 勉が跪き、酷く心配そうな顔を向けている。

 

 「悪い、何か、変な夢を、見ちまった様で」

 強ち間違いでは無いという事が、口を突いて出たその言葉の後に感じた安堵で分かった。

 何か、夢を見てたんだろう、きっと。

 変な感覚は、その余韻か何かなのだろうと思い、気にしない事にした。

 

 畑に囲まれた道に立つ、大きな木の下で、俺達は雨宿りをする様に木の葉達の影で、陽を避けていた。

 

 俺は立ち上がり、ズボンを払うと陽を見上げた。

 「あ……」

 煌が何かに気づいた様に呟いた。

 「どうした?」

 今度は俺が煌に伺う。

 

 「いや、この光景……」

 煌が難しい顔をしながら、首を傾げた。

 

 「どこかで、見た事ある気がして」と煌は告げた。

 その後は、どうやら答えに辿り着く気配が無かったから、「夢で見たんだよきっと、デジャブって奴だ」と促した。

 

 煌は一瞬、目に驚きの色を宿したが、「まあ、わかんないものはわかんないや」と、笑みでごまかしていた。

 

 「で、俺達はここで何してたんだっけ?」

 俺は俺で、苦笑を勉に向ける。

 

 「何って、煌が畑耕すって言ったら伊吹が急に倒れちゃったんだよ。煌は煌でその時はぼーっとしたままだったし。だから、僕が担いで伊吹をここで寝かせてたんだよ。ねえ、二人とも、本当に大丈夫?」

 心配し過ぎて泣きそうな表情の勉に、俺はまた苦笑を見せて聞いた。

 「そうだったな、ごめん、心配かけて。ところで、この後どうするんだっけ?」

 

 勉は、少し戸惑いながら答えた。

 「煌が突然、山よりも大きくて白い卵が見たいって言うからさ、それを探しに行くんだよ。でも、どこにあるんだろうね、そんな卵」

 

 そう話す勉の傍らで、酷く無機質な目をする煌が、俺の方をじっと見ていた。

 

 俺には、それが見つめているのか、睨んでいるのか分からなかった。

 

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