第13話 煌の意志と異物の意志


 伊吹の姿は、風に吹き消される砂塵の様に暗黒へと消えた。本来の、画素の集合体として処理された。



 伊吹のその欠片達を見ながら、その心の中身がどういったものかが分からない事の方が、丁度良い塩梅の期待を寄せる事が出来る事を知った。知りすぎてしまえば、私の心を削ってまで、期待の皿を一杯にしなければならないだろうから。

 最後の戦いの最中には、乾く事のない血の流線と、冷める事のないこの血潮へ、意識がもっと行ったり来たりなのだろうと思っていた。しかし、そんな事は無く、むしろ反対だった。

 私の心には血が浮かばなかった。代わりに、撫でられる位に静かな水面が用意されていた。

 恐らく、ユートピアでの記憶干渉のせいだろう。

 

 私はそれを、私の潮時として半分を受け止めた。そうして僅かに滲み出た苛立ちを言葉で包み発した。

 「異物、勘違いも大概にしろ。貴様はただのプログラムだ。人間めいた口を利く容量があるなら、アステカの妨害でもしていろ」

 

 異物は私を苛立たせない様に姿を消し、音声のみを出力した。

 「すまない、そんなつもりは無かった。ただ──」

 

 異物は無駄な事を口にしたりはしない、むしろ有益な事を述べる。それだけは私も認めている。

 

 

 だから、私への説法めいた口振りもきっと何か意図はあったのだと。私はそう理解していたから、異物の言葉を待った。

 

 「煌、君は強く、優しく、そして真っ直ぐだ。君もその自負しているのだから、同じものを見ている私の意見も少しは聞いてもらいたいんだ。いいかな?」

 

 敢えてそう聞くという事は、余程に私が飲み込みづらい話なのだろう。思い当たる節を即座にピックアップして、己の見解を先に用意しておく。

 

 「ああ、早く言え」

 

 「ありがとう。周りくどい事は嫌いだろうから。煌、君は恋愛の経験が無い為に、恋愛を誤解している。その誤解が研究に支障をきたしてしまっている」

 

 「ああ、分かっているさ、修正はする、もっと近づけば良いのだろう」

 ユートピアでは、私の本性か何かが働いてしまい、伊吹を少し遠ざける事が多かった。

 

 研究の条件に則る為、私も記憶干渉を受けて、現実の世界を経験していない私へと成る必要があった。意図や計画、その類の人間的役柄を捨て去り、己の本性に成果を委ねなければならないのだ。そうして出来た環境の中で、真の平和を求める人材が生成される事、それが研究の趣旨でもある。

 

 異物が黒い世界とユートピアを繋ぎ始める。黒い世界に白と虹色の点が生まれた。

 「煌、恋愛は距離の問題では無いよ。とにかく、変に拒絶する位なら恋愛があっても良いとは思う。ただ、分かっていると思うけど、くれぐれも程々にね。さ、もう時間が無い、健闘を祈るよ」

 白と虹色の混ざり合いが渦となって黒を飲み込んでいく。

 

 「ああ、分かった。任せておけ」

 異物の意見を汲み取り、感情をすぐさま操って、己の意志に言い聞かす。

 

 白に飲み込まれる視界が途切れる間際、異物が何かを発していたが、己の意志に専念していた私は上手く聞き取れなかった。

 だが恐らく、異物はこう言っていた。

 

 「ごめんね」と。

 

 その意図を汲み取る時間も、言葉の意味の発生すらも間に合わず、先に私へ到達した記憶の凍結がそれらを奪い去っていった。

 

 だから、私の中に残っていた最後のものはやはり、「次が最後、失敗は許されない」だった。

 

 

 私は、私もろとも世界を飲み込むその優しい白と虹色の光に、どこか懐かしさを感じていた。

 

 まるで、天国から降り注ぐ煌めきの様な、ユートピアの空気の様な。

 

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