第12話 伊吹の霊性
「伊吹、時間が無いからきちんと聞いてくれ」
俺は話の半分以上を聞き流していた。異物がそれを察知し、促してくる。
切羽詰まる様子と国民を守るという事のどちらにも人違いを疑ってしまい、その先の思考に及べない。
一体、何で俺なのか。掴みきれない話で持て成すなんて、精度の悪いプログラムだ。
「すまない、初めてでね、君の様な事情の持ち合わせの無い者と話すのは。ともかく」
異物は話す物事の映像を手前に映し出し、解像度を高めて話を進めた。
「君と同じ様に、幾万の人間をユートピアへ転送した。しかし、期待を裏切る者はなかなか出ない。どれもこれも、安全と安心に慢心し、自堕落の壺漬けに成って行く。君を迎えた時も、0とならない可能性が0にひっつくのではと思い始めていた頃だ」
俺は異物の言葉に、心の中で答えた。
だろうな、何でも揃い、何をしなくてもいいのだと笑みを飛ばし合っているんだから。
「だが、君はそこから己の意思で脱却した。そして諸々の条件を面白い程に満たした。そこが素晴らしいと私も思っている。煌もだろ?」
異物の言葉に、煌が舌打ちをする。
「私が何か言えば成功の可能性が高くなるのか?こいつに媚びへつらえば良いか?」
「まさか。だが、煌には一つ課題がある。後で伝えよう。伊吹は、もう気づいただろう?」
俺が何となく思っていたのは、煌の男勝りする程の強さ。男慣れしてないのか。
「そう、それだ」
異物のその言葉に煌の低い声が弾き出された。
「この時間にも失う皆の命に、私がずっと我慢出来ると思うなよ。早く進めろ」
この歳になって女の声というものが、これほどまでに嫌な緊張を齎すとは思わなかった。俺はこういった女が苦手だ。
「ああ、分かってる」
異物が、少し足早に語り出す。
「平和を築く人間の生成、それがこの研究だ。鎖国を時代に持ち、比較的エンパス、つまり共感性の高い人間が多く居るこのジャピンが適していると、世界が判断した。これは世界的規模での研究なのだ。生きた人間にあらゆるケースの仮想的経験をさせ、行動や心理の状態をデータとして収集する。勿論、政府管理の下で。それはある程度までは上手く行っていた」
まるでクイズの様に間が空いた。正義とかだろう、と思った。
「素晴らしい。そう、愛や正義、秩序や信仰が邪魔をするのだ。人は、何か守らなければならないものが出来ると途端に、戦いを避けられないものとしてそれに挑むのだ、残念ながら。それをどうしても越えられなかった。そうして幾万人、データを取った頃かは分からないが、予期せぬ事が起こった」
映像は消え、元の戦争の画面に変わった。
「母体のコンピュータに、恐らく政府が、新たなプログラムを書き足したのだ。新しいプログラム、それがアステカだ。アステカは、人類の排除と、人工の国民を国内に配置する事を実行し始めた。人間を生贄にするアステカ文化の名に相応しい振る舞いではある。恐らく、政府がちっとも平和を達成出来ない国民達に見切りをつけたのだろう。言う事を聞く人工国民の方が可愛いだろうからな。それが極まっているのが今だ」
「なるほど」
痛ましい姿になって地に堕ちる人々の、開いた虚な目には既に答えが映し出されている気さえする。人間がただの有機物に成っていく様は、圧倒的な力の前だからなのか、憐れみが優って見えてしまう。
「安心してくれ、君があの戦場に行く事は無い。だが、君には最も重要な役割が残っている」
異物の言わんとする事を漸く理解し、俺は答えた。
「研究の成功事例を作れって事か?」
「そうだ。その成果でアステカよりもこちらのプログラムが優先されれば、アステカを止める事が出来、この惨劇も終わるだろう」
「俺はどうすれば良い?」
「人間には、意識や感覚の他に霊性という、芯の様なものがある。本来宗教的では無いそれは、合理も道理も超えて達観した真の選択をする。その証拠に伊吹、君は合理にも道理にも左右せず、霊性に従って此処にいる。そしてそれは、鍛えたり意思でどうにかなるものではないから、君は再度ユートピアに行った後は、流れに身を任せるしかないんだ。君に託すしか無い私、そしてこの国の人々は、君の霊性の導く輝きが欲しいのだ」
「何だか、全くもってワクワクしない話だな」
俺は、そうするしかないという類の話が嫌いで仕方無い。無性にギターを弾きたくなった。
「私もそう思うよ。気をつけてな、伊吹」
意味の無い事を言う異物の姿は消え、また意味も無いだろう記憶の凍結を俺に味わわせた。
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