第11話 ミネルヴァ
伊吹は息を吹き返した様に明朗な頷きで、煌に謝罪した。
「悪かった、全部俺のせいだ」
そして安堵に瞑られたその細目をしっかりと煌に向けて、伊吹は吐露する。
「でも、本当に良かった、生き返ってくれて」
「異物、再起動出来るか」
煌は異物の方を向いて言い放つ。煌は伊吹を消去したかの様に振る舞った。或いは、必要の有る事のみを実行する様相であった。
「なあ、煌」
伊吹は今一度、煌に縋る様に目線を辿り気褄を合わせる。
──許せないよな、俺のことなんか。でも、俺は謝り続ける事しか出来ない。なんで生き返ったのかなんて、二の次だ。
再び呼び掛けられた煌は、伊吹の頬を素早くそして力強く拳で殴った。
伊吹は綺麗に吹き飛び、よろけながら暗い床にへたり込んだ。
「なあ、異物!こいつの芯に依るなら、こいつをあと何度ぶん殴ればその芯が言う事を聞く様になるんだ?!」
煌はそう叫びながら、伊吹の方へゆっくりと向かって行く。
「一つ目の回答、再起動は今なら後一回丁度だ。二つ目の回答、お前への恐怖が染み付き、研究成果に支障をきたす可能性が高いからやめておけ。データ[#「データ」に傍点]だから死ぬ事は無いが。それより、しっかりと彼に説明をする方が、成功する可能性は高まる。その時間を消費しても尚、それは有用だと算出された」
異物は淡々と答えた。
──一体、どうしちまったんだ、煌。あの変な奴とどういう関係なんだ。
伊吹は殴られた頬を摩りながら、呆然と煌を見つめる。
煌は小さくため息を吐くと、伊吹に向かって説明をし始めた。
「これは、研究だ。だが、ただの研究じゃない。国民全てが、殺されるか助かるか、この研究の成果にかかっている。」
煌は、まるで本当に刺すかの様に鋭く素早く、人差し指を伊吹に向けた。
「そしてその研究の被験者として、お前が成り上がってきた。お前はあのユートピアでテストをクリアした。覚えているだろう?」
「あ……、あの紙」
伊吹の戸惑いもその言葉も煌に届いたのか分からない程、煌はかぶせて説明を続ける。
「だからお前がここにいる。ユートピアもここも、そしてお前がぬくぬくと過ごした日々全てがデータ上のものだ。私もお前も今ここに実体は無い。生身はあそこに映る、あの戦火蔓延る世界にあるんだ。皆が戦ってるんだ、命を賭けて、未来を守る為に。これは夢でもゲームでも無いぞ、ただ一つの現実だ。異物、記憶を解凍しろ」
「え……」
何を見た、何を思い出したなど悠長では無い膨大な感覚が、今を気恥ずかしく、或いは歯痒くもさせただろう。辻褄の下から上まで手繰り寄せ、一つの線を自発的に作っていく、一瞬の間に。緩い日常の香りと死線の
「随分SF染みた話だな」
──どうりで、ユートピアに違和感があった訳だ。煌という奴や、勉という奴の事も、いやユートピア全てを俺は知らないのに、知った経験だけが押し付けられていた。その乱暴な扱いで乖離が生まれて、違和感を感じたのか。技術はそこまで万能じゃないんだな、心を完全にどうにか出来る訳でも無いのか。
「そう、まさにその通りだよ。記憶や思考に介入出来たとしても、心はどうにもならない。だからこの研究があるんだ」
異物が、伊吹の心境に声で答えた。
「あ……、そうかここもデータ上だからか」
「改めて、私の正体と研究内容を明かそう。データを明かす事は出来ても、君達にデータを入力する[#「入力する」に傍点]権限は剥奪されてしまっているから、このまま口頭で伝えるよ。手短かになるが許してくれ」
異物は黒い世界を一瞬にしてユートピアの景色に変え、白い椅子を出現させ伊吹と煌に用意した。
「おい異物!」
煌は鋭く異物を睨む。
「分かってる。だが先に加え、有効な手段としても算出された。伊吹への説明を今、しっかりするべきだよ。煌、君は女の子としても生きて行くのだから、そんな怖い顔ばかりする必要も無いのだよ。戦いが終わり戦場が無くなれば、君は女の子に戻るべきだ。戦士の誇りを決して、日常に持ち込まない様に気をつけるんだよ」
異物はさらさらと述べた。
「戦いが終わったら、アステカ[#「アステカ」に傍点]を壊してお前も壊す、覚えておけ」
煌は拳を固くした。
「分かってる。そして敢えて私から[#「私から」に傍点]言っておくよ。君のその手は何をしようとも間違い無く守り手[#「守り手」に傍点]のそれだ。そこに人類の重み[#「人類の重み」に傍点]を感じる事は無いよ」
異物の言葉の一切を触れない煌。
「じゃあ説明するよ、伊吹。改めて、私は国が作った量子コンピュータのプログラムの一つ、名はミネルヴァだ。人類が平和を紡ぐ為に開発されたプログラムだ」
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