第10話 半身謝辞
何も映らない世界。
重低音とともに白い光が二つ誕生する。
「ようこそ、伊吹君」
黒に近しいマントと白い面にクエスチョンの異物が、柔い声色を伊吹に向けた。
「ここは」
俊敏な敵意へ体をはめ込む伊吹。
「お互い時間が無い身。手短に済まそう。君には一つ、願いを唱える権利がある。そして私には一つ、その願いを実現させる義務がある、事足りたか?」
敵意の隙間にすっと差し込む具合で、異物は言と問いを済ませた。
「願い?」
伊吹が言い終えるより前に、更に二つの白光が持ち込まれた。
そこには、泥からそのまま掬ってきた様な、不恰好な形で憐れな勉と煌が横たわっていた。生気の無さが確かなるものとして伊吹の瞳に触れる。
「一つ、大事な事を伝えておく。今、現実の世界で起こっている事だ」
異物は暗闇の小窓を開ける様に外界を目先で露わにした。外界は高度な上空からの、純度と鮮度を高めた眺めで、円弧に摘出した大地を海に浮かべた様な島国を主に映し出した。
島国は赤や黒に汚されていた。黒っぽい粒となった人々の様なものが塊となって表皮を這う、先には小さな火の粉を散らし、後には黒煙を上げて。
人々の様なものは、四方から島の中心に迫っていた。島の中心には、円弧を鶏とすれば丁度卵位の大きさの、それこそ白い丸型のドームが設置されていた。
「この白いドームは、今私達がいる所。ここへ間もなく、国民が到達する。酷く残忍な国民、人を殺める為に作られ動く、人工国民だ」
異物は険しくなる伊吹の顔に続けて説明する。
「生きた国民はたった今から駆逐され始め、間もなく、あと数時間でほぼ全滅する。伊吹君、君も恐らく死ぬだろう。煌は、それを阻止する為に私と協力関係となる契約を締結した。人工国民を止める為、私と煌は動いていた。私と煌のイグナイト計画に、このユートピア実験の成功[#「このユートピア実験の成功」に傍点]が必要だった。伊吹君は、その被験者の内の一人だ。だが間もなく、実験は成功を迎える、君によって」
──実験、計画、どういう事だ。
「さあ、早く願いを言い賜え!」
──一体、何の話なんだ?願いとか、何の事だ。あの島が、俺の今いる場所?全く分からない、俺は日本人だ、俺のいた日本にあんな球体なんて無い筈……。
「世界を見ろ!伊吹!」
小窓からは人工国民に鉄の棒で挑む人々の姿と、その人々を鉄の棒ごと真っ二つにあっさりと切り裂き進む人工国民の姿が鮮明に映し出される。
人工国民は人間の様な容姿の下から、時折銀色をちらつかせ事を成す。すっと銀色が煌めけば、数メートルの内の合切を的確に処決し、大地に赤か黒かをぶちまける。
人々はその様に一切の怯みも無く次々に向かっていく。時折人工国民の面を鉄で割るも、次ぐ一瞬で真っ二つに成る。
「この世界を見てどう思う、伊吹!お前は何でも願いを唱えられるぞ?!」
刹那に伊吹の目の前にさっと移動する異物。
「さあ早く言うんだ、願いを!」
──何でも、か。
伊吹の目線は、惨めな物と成った煌と勉に移っていた。
異物はサーッと微小なノイズ音を発し、姿の輪郭を弱々しくさせる。
「願いを、言っていいのか?」
「ああ」
最早、異物の声に力は無かった。
「煌と勉を生き返らせてくれ、俺のせいで死んじまったんだ、あいつらは。だから、お願いだ、何でもするから。お願いだ、本当に、頼むから……」
「くっ……」
異物は悔恨の音を漏らした。
「残念だよ」
白光がもう一つ、この世界へ訪れた。
その声にも言葉にも因らず、ただその姿が、伊吹を震驚させた。
伊吹はその姿を、義理を引き連れた死神、或いは懺悔をせびる天使として、はたまた半身ずつで、その渇望に浸潤した瞳に映しただろう。
もしくはその事実には、瞳二つに物足りなさを感じただろう。
時劫の別れを断った喜びに満ちた声を、伊吹は絞り出していた。理を置き去りにして。
「き、煌……」
「伊吹」
伊吹は訪れたばかりの煌に駆け寄り、力強く抱きしめた。泣き叫び、収まりを知らない心の躍動をそこで露わにした。
痛ましい程の熱量をひと匙も掬う事無く、煌は伊吹の腕に手を添えた。そして、伊吹の眼に怒りを向けて告げた。
「お前は悪魔だ」
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