第8話 8.三つ途 9.Transparenter Tod(透明性な死)

 8.三つ途


 「向こうから水が流れてきてない?」と、勉が伊吹よりも奥の、すっかり暗闇に支配された道の方を見ながら。


 道には既に泥水が滑った冷水となって流れる。薄明かりに照らされながら、その嵩が靴、足首と速やかに増していく。


 ──いきなりどうなってるんだ……。このままだと寒さで皆死ぬ……。


 辺りの木々も同じく飲まれている。早速の流木が立つ木々をどつき、ごんと音を発する。絡まり合う木々に泥流も相まって、自然物達は混沌を表現した。雨も豪雨となってバシャバシャと音を立てる。


 勉はそれらからの恐怖だろう、不気味な泥流の照りに焦りを晒す。

 「ま、まずいよ!このままだと、流されちゃう!」煌をしっかりと前の方で抱き抱えて立ち尽くしながら、勉は伊吹に答えを求めていた。体から垂れる水滴は各々の気力と活力を含んでだらだらと濁流へ流しているかの様だった。


 伊吹もまた苦しい表情のまま立ち尽くしていた。髪の露も止まらない。己の脳を恨んでか、苛立ちの表れか、それともお手上げの仕草か、己の頭を両手で強く掻きむしり始める。

 「どうすりゃ良い!どうすりゃ良いんだ!」


 嵩は急激に膝下まで登った。


 白い息を吐く間に、冷徹な空気を吸う間に泥水が二人を下から味わう様にゆっくりと飲み込んでいく。

 

 「伊吹、煌を」と、勉は腕の中の煌をゆっくり差し出した。

 

 伊吹が優しく受け取った。ぐっしょりと濡れた煌の衣服が重みを増したのだろう、伊吹はよろけた。

 ──すごい熱だ、クソ……、体も凄く震えてる。煌、俺のせいで……。



 勉が伊吹の背中に体を押し付けながら、力いっぱい前へ押しやる。その勉達の腰の高さまで、水は到達していた。


 「伊吹、しっかりして、僕が支えてるから」


 「勉、本当にごめん」

 「いいから、前だけちゃんと見て」


 「俺はこんな事を望んでなんかいない、こんなはずじゃなかったんだ」

 「わかってるよ」



 「何で俺はこんなとこまでお前らを連れて……。勉、俺がお前らを支えるから」

 「いいから」


 「お前らだけは絶対に助けるから」

 「いいから前だけ見て」

 「勉、早く煌を」



 「いいからって言ってんだろ!しっかり煌を離さないで!」

 勉が両手をしっかり伸ばして前方の伊吹の背を前へ追いやっていく、渾身の叫びを上げながら。一歩一歩確実に前へと進んでいく。


 腹の高さまで水が上がってこようとも、勉の勢いは衰えなかった。勉の形相は満身創痍の苦悶やら力みやらを露わにしていた。



 

 それからおよそ3時間ばかり、勉と伊吹は前へ進み通した。嵩は腹程で止まった。


 常に震える体全体を軋ませ、勉は伊吹の背を、伊吹は煌を、それぞれ離さずに。煌は虚な目、口を穴にしてそのまま。


 腕をつけば登れそうな岩を目前にしていた。


 誰も何も発せずひたすらに。

 


 伊吹は煌をその岩の上へ持ち上げて寝かせた。そして伊吹も這いつくばりながら岩の上へ登る。伊吹の足を勢い良く勉が持ち上げ、伊吹は岩へ打ち上げられた。


 伊吹は、岩にへたり込みながら手を勉へ──。




 

 勉は仰向けのまま、濁流を下っていた。



 虚な目は天を見上げていた。

 




 表情に何の感情も載せないまっさらなそれが、唯一の灯火となった遠くの空の陽から照らされて、ゆっくりと、浮く葉の様に揺蕩いながら。

 



 9.Transparenter Tod(透明性な死)


 脈の一つずつが体全体を走っているのがわかる。でも、もう足の感覚は無い。頭の中で血が暴れている様に疼く、息は、口の中を微かに行ったり来たり。

 

 もう、駄目。





 

 黒と白は何故混ざらない。ああ、あれは陽か。




 白は黒に何で塗り潰されない。ああ、あれは陽。




 雨は、何で透明。

 


 透明なら、白と黒どちらにも成れる。

 

 これは良い発見だ。美しい。

 

 私は雨に成りたい、良い歌詞だ。




 

 そうだ、伊吹にも教えてやろう。

 きっと喜ぶ。

 




 伊吹と黒が混ざる。

 



 陽も逃げた。

 真っ暗だ。

 ああ、目はもう見えないみたい。









 静かにして、雨。そう、静かに。

 




 私は地獄が良い。

 天国は、沢山見た。

 

 

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