第6話

月曜日、いつもより早く出社していつもよりもテキパキと仕事をこなしていった。


「清水さん、もうお昼ですよ」


「え?ああ」


話しかけてきたのは、同じ部署の渡辺健太。


私より1つ歳下の後輩だ。


「今から宮野さんとウェルカムランチすることになったんです!清水さんも行きましょう!」


「ごめん…昼は打ち合わせの予定があって」


「そうなんですね!じゃあ金曜日の歓迎会には来てくださいよ!」


「ああ…うん」


適当に流してしまったけど、後で行けなくなったと話しておこう。


じゃないとまた何をされることか……。


極力関わらないでおこう。これが一番。


渡辺君に話しかけられて、仕事の手が止まると溜まった疲れがやってきた。


休日もあまり寝られなかったから、30分だけ眠ろう。



「あれ?清水先輩、お疲れみたいですね。まだ月曜なのに」


「大口の仕事取ってきたから忙しいんだろ」


「あの有名な写真家の展示でしたっけ?すごいですよね。都内でも一番大きいあのギャラリーを借りるなんて」


「前にエーセルの副社長と話してたのそれだったのかって思ったよね」


渡辺と浅香が話していると、宮野がやって来た。


「それってどういう案件?」


「半年後にエーセルギャラリー銀座で久石青(ヒサイシ セイ)の写真展を開くんですよ」


「エーセルギャラリー銀座ってすごい規模だな…」


「なんとエーセルの副社長や久石さんとはご友人なんですって!清水先輩が原案を持って行ったんです。


久石さんの見た世界をそのまま堪能できる空間にするって」


「へえ。おもしろいね」


宮野は爽やかな笑みを浮かべた。



できる限り、流星と距離を取りながら仕事をして、やっと週末になった。


思ったよりも彼からの接触はなく、普段通り過ごすことができた。


けれど、歓迎会には部長命令で強制参加になってしまった。


焼き鳥が美味しいという居酒屋で、30人くらいが集まる大所帯だ。


変な神経使ったから、今日はゆっくり家で過ごしたかったんだけどな〜。


「空ちゃんさ、実際のところどうなの?


エーセルのギャラリーあんな価格で貸出なんてさ、いくら友達でも無理でしょ?枕とかしちゃったんじゃないの〜?」


「藤木さん酔ってます?そんなことするわけないですよ」


その上、セクハラオヤジに付き合わされる始末。


奴は隣の部署で何かにつけてボディタッチの多い嫌な上司だ。


いつもこういうお酒の場で大胆なセクハラをしかけてくるを


「そうかな〜。若くて美人だしちょっと誘惑すればいくらでも案件取れちゃうでしょ?いいよなあ女はさ〜」


「藤木さん僕の相談乗ってくれますか?藤木さんが前に担当されてた会社なんですけど…」


そろそろ困ってきたところに、本日の主役、宮野流星が割り込んできた。


ふーん。やるじゃん。


このままどろんしたいなぁ…そんなことを思っていると、藤木への対応を終えた流星が話しかけてきた。


「清水さん飲んでます?」


「それなりにね」


「久石青と友達だったんだ」


「中学の頃からずっとね。ちょっと見ない間に有名になっちゃってさー」


この前のことなんて気にしてない。


気にしてやらない。


当たり障りなく、何事もなく。上手く話せてるかな…。


「空の制服姿、見てみたかったな…」


「は?」


流星は私にしか聞き取れない声で呟いた。


私が驚いてヤツを見ると、ニヤリて広角を上げてこちらを見ていた。


ムカつく。


私の顔なんて見たくもなかったくせに。


「宮野さんこっち来てくださいよ〜」


「ハイハイ」


「恋バナ聞かせてくださ〜い」


そして流星は一瞬で女子たちに回収されていった。


「清水先輩、さっき藤木に絡まれてたでしょ?宮野さん助けてくれて良かったですね」


「れもんちゃんに助けてほしかったんだけどな〜」


「ええ〜」


くだらない話をしている背後で、流星と女子たちの話すことがすごく気になっていた。


そんな自分をごまかすように、ビールを一気に飲み干した。


「宮野さん彼女いるんですか?」


「それ私も気になってた!」


「いるように見える?」


「絶対いるよ〜」


「ね〜」


そこまで聞いて、私は席を立った。


なんか、バカバカしいな。


こんな会話聞いたって、なんとも思わないはずなのに……。


流星なんて勝手に付き合って勝手に別れて、傷ついたらいいのに。


ああ、忘れたな。傷つけたのは私か。


「部長、飲み過ぎて気分が悪いので帰ります」


「おお、大丈夫か?誰か送って…」


「大丈夫です。すみませんみんな楽しんでるのに」


「先輩もう帰っちゃうんですか〜」


「清水先輩ともっと話したかったのにー」


「ごめんね。またご飯でも行こうね」


呼び止める後輩たちを受け流して、私は店を出た。


夜風が心地よい。


一人は楽だ。


この浮足立った都会の夜も、バイクの騒音も、ただのBGMになって溶けていく。


そして私もその一部になる。


映画の主人公にならなくてもいい。


沢山の人の波に飲まれて、大勢の中で一人になりたい。そんな気持ちになることがたまにある。


本当に、仕事している自分とは真逆なんだけど。


「空」


手を引かれて振り返れば、そこにはいないはずの流星がいた。


「幻か?」


「は?」


「主役の宮野サマがこんなところでなにしてるんですか〜」


「お前相当酔ってるだろ」


「酔ってません〜」


「取引先との電話思い出して帰ったんだよ」


「真面目すぎでしょ」


「嘘だよ」


「あっそ」


「女の子一人じゃ危ないと思って送りに来たに決まってだろ」


「うわ〜まじ引くわ」


「藤木さんが良かった?」


「今それ言うのひどくない?」


「ははは。俺で我慢しとけ」


なんか、久しぶりだなこの感じ。


懐かしくてこそばゆい。


あの頃に戻ったような気がする…。


でもそれは、決して焦がれてはいけないあの季節だ。








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