うざい年下幼馴染が好きだった頃の格好でグイグイとくる

青空のら

うざい年下幼馴染が好きだった頃の格好でグイグイとくる

「せーんぱい!一緒に帰りませんか?」


 いきなり背後から声を掛けられて慌てて振り返る。先輩と呼ぶ様な後輩に心当たりは無い。

 そこには黒髪にツインテールが眩しい美少女が立っていた。


「さあ、行きましょう、先輩!」


 俺の腕を取ると先に立って歩き出した。   

 姿、口調を変えても俺は騙されない。こいつは隣に住む井下茜に間違いない。

 一つ年下の癖にいつも『祐介!』と呼び捨てにしてくる生意気盛りの妹分だ。

 昔は素直だった上に甘え上手だったのでメロメロだったのは確かだ。まあ、妹としてだが。

 小学校高学年から生意気になり、今ではすっかりと可愛らしかった昔の面影は無くなっている。

 うざ絡みされる度に面倒臭い思いにさせられる。

 例えば勉強にしても、分からないならば塾なりに行けばいいのに、時間に縛られるから嫌だと、教科書と問題集を持って我が家に突撃してくる。

 俺の時間は俺の自由にならないのか?

 無論、妹分を邪険にする気はないので復習がてら勉強をみてやっているが、事前に連絡が入った事は一度もない。

 俺を便利屋か何かと間違えているのだろう。


 さらに暇と隙があれば恋バナに持ち込もうとするのは年頃の乙女として大目に見るにしても、頻繁過ぎて鬱陶しい。

 俺的には初恋が実らなかった時点で彼女以外の女の子とどうこうしたいという思いはないので、恋バナを振られても答えようが無い。

 まあ、初恋の彼女を思い出してあれやこれやと妄想を拗らせているのは未練がましい男子としては仕方ない事だと思うが、口に出す気は無いし、まして、妹分にバラす気は無い。

 バレた瞬間に鬼の首を取ったかのように飛び跳ねて喜んで、後々の脅しの材料として使ってくるのが目に見えている。


「普段はあまり気にしなかったんですが、学校が近いのも問題ありますよね。もう少し先輩と一緒に帰りたかったです」

「なら一度学校に戻るか?」


 自宅に着くなり、不満顔で文句を言い出した。普段なら絶対にそんな勘違いしそうになる事は絶対に言わないはず。

 何か悪い物でも食ったのか?

 徒歩10分。近いからと選んだ学校に対して文句を言われても困る。学力的に茜には無理だと思っていたのだが、中学三年二学期からの学力の伸びは脅威的だった。何かあやしい薬でもやっているのではないかと疑ったものだ。

 合格発表の日にはおじさんとおばさんにはとても感謝された。その二人の前で

『私みたいに優秀な生徒を教えられて光栄でしょう?』

 と誇らしげに胸を張っていた茜はすごく残念な存在だった。浮かれて進路を教員志望に変更した俺はもっと残念な存在だけども、それはそれ、これはこれだ。



 ***



「祐介って、茜ちゃんに冷たくない? 彼女ならきちんと構ってあげろよ」

「うんにゃ。付き合ってないぞ。妹みたいなものだ」


 悪友の亮太の口から茜の名前が出てくるのも珍しい。

 雨でも降るんじゃないか?


「おいおい、そんな事言ってていいのか? 結構、茜ちゃんって男子から人気あるんだぞ。放って置いたら他の男に取られるぞ。大丈夫か?」

「うーん、正直言うとタイプじゃないんだ」

「げっ、これだから恵まれている奴は嫌なんだよ。自分がどれだけ恵まれているか理解していない」

「うん、でもタイプじゃないんだ」

「それは聞いたって! じゃあどんな子がタイプなんだよ? 大人の抱擁で包み込んでくれて甘えられる年上のお姉様タイプとか?」

「違う。全く逆かな」

「えっ、年下? それだと――」

「わかったよ。白状するから耳を貸しな――」

「ほうほう。なるほど、なるほど。えっ? それじゃあ!」

「そう。完全に失恋したんだよ。だからもうどうでもいいんだよ――」

「なんと言うか……ご愁傷様。次の恋は――難しそうだな」

「ほっといてくれ!」

 自分で言っててダメージを受けている俺は悪友の亮太に肩を叩かれて励まされた。



 ***



「先輩、今日時間あるなら勉強教えて下さい! お願いします」


 自宅に帰ると思いきや、茜は俺の右腕に身体ごと押し付けてくる。

 胸がぐいぐいと当たってくる。

 さらに顔が物凄く近い。うーん、この距離感は一体いつ以来だろう?

 いやいや、こいつは茜だ。騙されてはいけない。普段のあの姿が本性なのだ。

 甘い誘惑に騙されそうになるのを理性で押し留めた。


「今日、何か予定でも入ってますか?」

「いや、特には――」

「だったら決まりですね。可愛い後輩のお願いなんですから!」


 さらにグイグイと胸を腕に押し当ててくる。わざとやっているの分かっているのに、あざとさに陥落しそうになる。


「分かった。しかし、駄弁って勉強しないなら直ぐに追い返すぞ」

「分かってますって! 信用して下さい。それじゃあ、先輩家に向かって出発です」


 うん? 俺ん家って言っても、茜の家の隣。玄関から玄関まで10秒も掛からない。

 勝手に俺の部屋に侵入している事も過去に何度か有ったし、嫌だと言っても引き返す気はないだろ?



 ***



「おばさん、祐介いるかな?」

「あら、茜ちゃん、いらっしゃい! 祐介なら部屋にいるわよ。祐介! 茜ちゃんが来たわよ」


 一階からお袋が大声を上げた。二人とも声が大き過ぎて、嫌でも聞こえてるから騒がないで欲しい。


「えへへ、今日の宿題が少し難しくてさ。一人じゃどうにもならなかったんだ」


 ボーイッシュポニーテールの茜が部屋の中に入って来た。


「勉強目的なら良いけど、違うだろ?」

「そんな事ないよ。息抜きにマンガ読むくらい良いじゃない!」

「時間配分的に勉強の方が短いって駄目だろ?」

「細かい事をウジウジと男らしくないな。もっとドーンと構えたらどうなの?」


 マンガ目的だと自らバラしているのは自覚ないらしい。


「それより寒いから扉閉めてよ!」

「年頃の男女二人がいる部屋の扉を閉めるとかアウトだからね。我慢しなさい」

「祐介とそんな事になるわけ無いじゃない!自意識過剰だよ」

「だからこそだよ。こうしておけば変な噂は立たないだろ?『やましい事はありません』って宣言しているのにも等しいからね」

「寒いからヤダ!」

「もっと厚着してくれば平気だし、寒い方が頭冴えるから勉強するにはもってこいだ」

「祐介のケチ! 馬鹿! 変態!」



 ***



「清水君に、渡辺君に、時任君に、松浦君だっけ? 惚れっぽいのに飽きやすいのか長続きしないよな」

「彼氏とかそんなんじゃないですよ。暇している時に遊びに誘われたから一緒に遊んだだけですよ。先輩が相手してくれるなら他の人と遊んだりしませんよ。本当ですよ」


 上目遣いで見つめてくる。

 信用出来るものなら信用したいが――いや、もうぶっちゃけるしかない。腹の探り合いとか茜との関係では不毛過ぎる。


「ああ、わかった、信じるよ。その代わりイメチェンした理由が知りたい。教えてくれるかな?」

「理由ですか? それは素に戻しただけですよ。こちらが本来の私なんです」

「はあ? いや、いや、待てよ。そんな事あるわけないだろ?」

「残念ながらあるんですよ、祐介先輩!」

「無理したって直ぐに化けの皮が剥がれるんだぞ」

「素だから剥がれる心配は無いんですよ。ですから、今年のクリスマスは空いているので誘って下さいね!」

「どうしてクリスマスの話になるんだよ?」

「えっ? こんなにかわいい後輩からの頼みを断るんですか? 他の男の子に誘われて遊びに行った方がいいんですか? 絶対に後悔しますよ、先輩?」


 俺の両手を取って胸の前で握り締めて見つめてくる。


「私、先輩から誘われたいです」

「ああ、分かった――」


 騙されたのなら騙された時の話だ。覚悟を決めていれば大したダメージじゃない。

 俺は逆に茜の手を握りしめた。


「今年のクリスマスは一緒に過ごしたいから予定を空けておいて欲しい。何をするかはまた今度一緒に考えよう。行きたいところとか希望があったら言ってくれ」

「えっ、どうしようかな――」

「空いてないならいいよ」

「嘘ですよ、先輩! ちゃんと予定は空けていますから。定番ですけど遊園地に行きましょう。あと――」

「うん? 何か他にも希望あるのか」

「我慢できなくなったので先輩に抱きついてもいいですか? 先輩が抱きしめてくれてもいいんですけど」

「別にいいけど――」


 言い終わる前に茜が飛びつくように抱きついて来た。


「茜に抱き付かれるなんて何年ぶりだろうな」

「小学校の時以来ですから、5年ぶり位ですね。嫌ですか?」

「そんな事はないぞ」

「良かった。素に戻したのでこれからは遠慮しないで抱き付くので覚悟しておいてくださいね」

「覚悟する程の事ではないと思うが。遠慮してたってどういう事だ?」

「年頃になって甘えるのが恥ずかしくなって精一杯大人ぶっていたんですけど、先輩の理想のタイプと正反対だって聞いて辞めたんです」

「ぶふっ!」

「実は甘えてくる歳下に弱いって――」


 なぜバレた。しかも――


「初恋が私だったって」

「ぶふっ!!」


 完全にバレてる。亮太か? 亮太だな! 絶対に亮太に違いない。


「祐介先輩の引き出しの奥のアルバムにツインテール姿の私の写真ばかりあったから――」

「ぶふっ!!!」


 もう俺のヒットポイントはゼロだよ――


「もしかしてって思って、播磨先輩に相談しに行ったら――」


 やはり亮太だったか!


「『昔からずっと好きで大きくなるのを待っていた初恋の女の子がガラッとタイプ変わって全然興味無くなったし、失恋した気分でやる気出ない』って愚痴ってたと教えてくれたんです」


 完全に白旗、参りました。もはや打つ手なし。


「それともロリコンなんですか、先輩?」

「ぶふっ!!!!」


 どうしてそうなる?


「小学生くらいの幼女にしか興味ないとか――」

「そんな事あるわけないだろ」

「だったらまだ私の事が好きだって思ってもいいんですよね、祐介先輩?」


 全面降伏の俺に何が出来るって言うんだ?

 茜が素に戻したというのなら、こちらも素で答えるしかない。


「昔から素直で可愛くて甘えてくる茜が好きだった。ツインテールはドストライクだから卑怯すぎる。正直、騙されていても付き合いたいくらいに大好きだ。もう煮るなり焼くなり好きにすればいい」

「ええ、どうしようかな? というか先輩『付き合いたいくらい』とか中途半端な事言わないで下さい。きちんと告白されたいです!」

「ああ、すまなかった。もう一度やり直させてくれ」


 俺は改めて茜に向き直るとその両手を取って語り掛けた。


「小さな頃から甘えてくる茜が大好きだった。今でも好きだと思う。いや、好きだ! 良かったら付き合って欲しい。クリスマスは幼馴染としてではなくて彼氏としてデートしたい」

「うふふ、返事いりますか、先輩?」


 抱きついてきた茜が耳元で囁く。


「うーん。だったら告白も必要だったかな?」

「冗談ですよ、先輩! ちょっと焦らしたかっただけです。勿論返事はOKです。こちらこそ彼女にして下さい」

「ああ、喜んで」

「だったら彼女としての最初のお願いしてもいいですか、先輩?」

「何だろう?」

「私からじゃなくて、先輩から抱きしめて欲しいです」


 耳元で囁く息がくすぐったい。


「色々と理性が持ちそうにないんだけど――」

「部屋の扉を締めれば大丈夫ですよ。もし噂になっても先輩に責任取って貰うだけですから」


 俺を抱きしめていた腕を離すと茜は部屋の扉を閉めに行った。





――――――――――――――――――――――――



 祐介の部屋で私の写真を見つけた時には心臓が止まるかと思うくらい驚いた。

 いつもはそんな素振りを全く見せないからだ。

 部屋に忍び込んでベッドの下とかを家探ししてもいかがわしい本も何も出てこない。パソコンの中の履歴を調べても怪しい所は無かったので、てっきり女の子に興味がないものとばかり思っていた。

 恋バナを振っても反応も全くなかったので確信を深めていた。


 机の引き出しの奥にしまっていた写真帳。このご時世にわざわざ印刷してまで製本してあった物の中身には全て私が写っていた。祐介と二人の写真もあれば、集合写真もあったけれども、ほとんどが私一人で写っている写真だった。

 下手すればストーカー! と勘違いする程だったけれども、それらの写真は全て私の小学生時代のものだった。

 ツインテール姿で笑っている私の写真。何枚かは私自身も見た事がない写真があった。

『ロリコン疑惑』

 完全に否定出来ない私は祐介の友人関係に聞き込みを開始した。

 すると播磨先輩から興味深い事を聞かされた。

『小さな頃の茜ちゃんが大好きで甘えられる度に幸せを感じていたんだけど、年頃になって生意気になってボーイッシュになって懐かなくなって、残念に思っている。失恋した気分だし、年頃になって変わった女の子が元に戻る事は無いから、俺の初恋は終わったんだ、って嘆いていた』と


 まさか両思いだったとは想像もしていなかった。

 年下なので相手にされていないと思っていた。だからこそ背伸びをして大人ぶった態度を取り続けて来たのだ。

 それが逆効果だったとは思ってもみなかった。

 直ぐにやめなければいけない。直ぐに元に戻さないといけない。でも、それだけで十分だろうか?

 すでに私に対して興味を失っているのなら一からのスタートになる訳だ。もたもたしていると他の女の子に掻っ攫わられ可能性も高い。

 こうなったらグイグイと行くしかない。

 ツインテールは今でも嫌いではない。

 無理してボーイッシュを装う必要もない。

 無理して甘えるのを我慢しなくてもいい。というか、逆に甘えまくる方がポイントは高そうだ。

 以前の様にベタベタしても嫌われない。

 うん、明らかに素で十分だ。


 待っててね、祐介! いや、祐介先輩!


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