第13話 決闘前 景虎の日常(?)
蒼月ノアと有村景虎の特訓(?)はしばらく続いた。
(なるほど、流石でござるな。剣速と体の使い方……単純な肉体の強さから生まれている)
蒼月ノアの剣技はサムライのソレには遠く及ばない。
しかし、彼女の武器であるスピードとスタミナ、何よりも強靭なフィジカルに景虎も舌を巻く。
彼女の鍛え上げられた肉体から繰り出される高速の動き。それは彼女をトップ配信者に押し上げた最高の武器である。
(何より吃驚すべきは、突きの速度。仮想、沖田総司として仕上げているのか?)
加えて、蒼月ノアの得意技は突き技。
現在、彼女の主武器は細剣――――つまり、突きを主体にする武器だ。
激しい剣撃は、僅かな時間のみ鳴りやんだ。
離れた距離、乱れた呼吸は平時に戻って行き――――
「では、行きます!」と彼女は飛び込んできた。
(鋭い突き。だが、これは拙者には届かぬでござるよ)
景虎は後ろに飛びながら、ノアの攻撃を弾く。 しかし、彼が吃驚するのは、その後だった。
「むっ!」と驚く。 弾いたはずのノアの剣先が再び、自分の胸元に迫っていたからだ。
(この技は……もしや?)
今も空中で下がり続けている景虎。二撃目を弾くも、宙にいる分だけ力が弱まっている。
そして――――
「三段突き……この水準で再現が可能でござったか!」
景虎は賛辞を送った。 三段突き――――沖田総司の代名詞と言うべき必殺技である。
「そ、それでも届きませんでしたね……」
彼女の言う通り、最後の一撃も景虎に捌かれて不発に終わっていた。
「なに、悔やむ事はないでござるよ。これほどの剣技を持つ者は拙者の世界でも稀でござった」
そう言いながらも景虎は、ノアの三段突きを反芻させていた。
大きく後ろに飛んだ景虎に対して、三度の突き。
威力を落とさないように、突きを放つ度に小さなステップを刻む事により、速度と共に威力を上げていた。
「本物の沖田総司が使う三段突きがどれほどか……。しかし、速度だけならノアどのが勝っているとおもうでござるよ」
「伝説の剣豪に比較されて褒められると照れ臭いわね……」
それを誤魔化すようにノアは「それじゃもう一度」と竹刀を構えた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
景虎との稽古は、彼女――――蒼月ノアの自宅で行われていた。
マンションの最上階。ワンフロアを購入して、壁をぶち抜いたのが彼女の自宅だ。
彼女個人で使うだけではなく、仲間も使えるように――――例えば彼女の友人である光崎サクラが使うための工房も作らせている。
だから、当然、剣の稽古をするための専門の練習場。まさに道場が部屋の中に作られていたりもする。
景虎の稽古が終わり、彼女が汗を流すためにシャワーを浴びていた。
ダンジョン配信者でありながら、目立つ傷が1つもないのは、彼女の実力を現すには十分だろう。
しかし――――
「痛っ!」と痛みが走った。
傷はない。その代わりに新しくできた青痣が目立っている。
景虎との激しい稽古により生まれた物だ。痛々しい……しかし、彼女は、
「うふふふっ……」となぜか上機嫌だった。
それを彼女は愛しい物を見るようであり、嬉しそうに撫でていた。
「この痛み、景虎から初めて貰ったプレゼント……」
何か、こう……倒錯的な事を呟き始めた。
そんな剣呑なシャワーシーンも終わり、髪を乾かして薄着で室内を歩く。
親友の光崎サクラには、
「ノアちゃん、男性の同業者もいるのだから、そんな恰好で室内を歩き回らないの!」
そんな感じで怒られるが、彼女には羞恥心が薄かった。
(う~ん サクラの言い分もわかるけど、普段からダンジョンでそういう生活をしているから、実感が湧かないのよね……)
彼女は不意に窓をみた。 窓の外では景虎が野宿をして暮らしている。
「寝てる……」と景虎が昼寝をしている姿が見えた。
繰り返すが、ノアが住んでいる場所はタワマンの最上階だ。
では、窓の外で野宿とは、どういう意味か? そう思うかもしれない。
彼は、マンションのバルコニー部分に簡素な小屋を建てて暮らしているのだ。
食料も、自給自足で物々交換で補っていた。
朝早くに出かけたと思えば、昼には大量の魚を持ち帰って来る。
それだけではなく――――
「このコンクリートジャングルで、どうやって猟をしているのかしら?」
狐、狸、猪に鳥まで食べれるように捌いていた。
流石にバルコニーで直火はしていないが、キャンプ用品で焚火をして調理して食べているようだ。
「ジビエ料理って考えたら、私の食事より豪華そうよね」
そんな事を呟きながら、景虎の近くに寄っていく。
彼は、稽古終わりに軽く汗を拭いた直後に体を休めたのだろう。
無防備な姿を見せているで。はだけた着物から、少しだけ胸が見えている。
「……凄い筋肉」と気づけば彼女は、景虎の胸に触っていた。
自分に言い訳するように、
「私は決して筋肉フェチではありません。これはダンジョン配信者として、強者の肉体を興味があるのです」
彼女の揺るぎない目。 まるで初めて大人の本をみた少年のように純粋な目をしていた。
「おぉ……凄い筋肉の弾力。決して柔らかいだけではなく、反発力が人の体とは思えないほどに……ほうほう、この体が人間離れの技を可能にしているのですね」
最初は人差し指で触れるか、どうかのフェザータッチ。
だんだん大胆さを増して、今では掌でガッチリと景虎の体を触り始めた。
「ふむふむ」と検分としているノア。 しかし、途中で景虎の目が開いた。
「あっ……いや、これは違う。違うの。そ、そうじゃないの……」
何も言い訳が思いつかないノアに、景虎は――――
「え!?」
驚くノアに抱きついた。
柔術――――特に柔道がブラジルなどに渡って進化したブラジリアン柔術で言う
『ガードポジション』
それに同等のポジショニング。つまりは────
景虎の太い両腕は、ノアの首に巻き付かれ
景虎の両足は、彼女の細腰に絡みついた。
「あわわわ! か、景虎さん? だ、ダメです!」
ノアは顔を真っ赤にして振りほどこうとするも、力強く抱きしめられて彼女は動けなかった。
「あ、あの景虎さん、起きてますよね? は、離してください!」
だが、景虎は離さない。寝起きの彼は、意識がハッキリとしていない様子だ。
反射的に、寝込みを襲われた時のための防衛術として、柔術を使用したにすぎない。
もしも、寝ている最中に刺客に触れられたとしても、できるだけ敵と密着して攻撃を防ぐのだ。
相手が刀を持った敵であれ、隙間なく密着すれば、相手は刀を振り回すことはできなくなる。
少なくとも、一撃で致命的を受けることはない
しかし――――この場合、隙間なく密着されているの蒼月ノア。
「い、いけません。 わ、私たちは出会って、まだ数日しか立ってません。でも、あなたが本当に望むなら……優しくしてくださいね?」
「おや、これはノアどの――――これは、寝ぼけていたようでござるな」
目を覚ました景虎は、アッサリと捕縛を解いた。
なぜか、残念そうな表情を見せるノアだった。
それを景虎は、どう解釈したのか?
「うむ、拙者に宿を提供してくれたばかりか、稽古までしてくれた。何か提供をせねばならないか」
「え?」とノアは目を輝かせた。 なにか勘違いしている節がある。
「何か料理を振る舞ってござろうか?」
「手料理!?」と彼女は驚いた。
景虎は調理に取り掛かる。 新鮮な肉は赤く柔らかい。
そう反面、独特の野生の臭い……臭味が強い。
それを取り除くために
「簡単な料理だけござる。口に合えばいいのだが……」
手早く完成させた料理。 肉を焼いただけのように見える。
どうやら兎の肉らしい。
(本当に、都会のどこで猟をしているのでしょ?)
疑問を浮かべながら、口に進めると――――
「美味しい!」
深い香りとシンプルな味わいが口に広がっていく。
それに、ほろりと柔らかい肉は甘みすら感じさせてくれた。
「美味しい! 美味しい!」と繰り返すノアに、景虎は満足そうに――――
「今度、猪など大物が獲れれば、ぼたん鍋でも振舞おう」
凄く気に入ったのだろう。彼女は「うん! うん!」と言葉を失ったように頷いた。
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