第8話 ダンジョン10層までの道中

 別の世界にいる有村景虎。 その人物をダンジョン内で決闘して、連れ戻して欲しい。


 それを依頼として坂本竜馬が新選組局長たちと対談している。


 しかし、当の本人――――有村景虎はダンジョンの中で走っていた。


 「速く! 速く! もっと速く!」と景虎は狭いダンジョン内を疾風する。


  ダンジョン内は走ってはならない。まるで、学び舎の規則に等しいが、どんな罠が隠されて、どんな魔物が出現するのか?


 あるいは、人間と魔物が殺し合いをしている場所で走り抜けることになる。


 それは危険過ぎるからだ。 しかし、そんな事を無視して、ダンジョン内で突発的スピード競技が開始されていた。


 ダンジョンの中で、景虎の足音が響かぬように静かに走り抜ける様子は、まるで風が通り抜けるかのように速かった。


 それは異常だ。 なぜなら、ダンジョンは音が響く構造になっている。


 彼の鮮やかな足取りは、メタルスラ……いや、銀色粘獣とて逃げるのも難しいほどに速かった。銀色粘獣は小さな銀色の体をピューッと光らせ、必死に逃げようとしていたが、景虎が、その輝く標的を見逃すことはなかった。


「逃げるのは無駄でござるよ、銀色粘獣よ!」


 そうつぶやきながら、足元に現れる道路の細かい石ころすら感じ、踏みつぶさないように注意を払っていた。 きっと、魔物が暴れて壁を破壊した痕跡。


「よっ!」とその中から、石ころを拾い上げると――――


「食らうでござるよ!」と投擲。


 逃げる銀色粘獣に向かって、高速で飛んで行く石は体を直撃した。


 頑丈な銀色粘獣は、それだけで仕留められるはずもないが……


 逃げる速度が大きく減少した。


 風のように駆け抜ける景虎。 きっと、銀色粘獣は迫われる緊張感を感じていただろう。


 無論、粘獣の顔はわからないが――――きっとその顔は振り返り、逃げる術がもう残っていないと悟っているに違いない。


「もう逃げられないでござろう。貴殿の光る体は、ここで拙者の手にかかるって――――」


 景虎の声は自信に満ちていた。


 粘獣は最後の力を振り絞り、最後の一息で景虎から逃れようとする。


 そして、前方にある小さな穴に飛び込んだ。 とても人間が入れるようなサイズではない。 しかし、それでも構わず景虎はダンジョンの壁ごと蹴り入れた。


 サムライは蹴りを使わない。 ――――いや、まるで蹴りを使わないわけではない。


 剣術の戦いを主をするため、足場が不安定になるような蹴り技や足技の使用は一般的ではない。


 だが、それでも景虎の蹴りは規格外だった。 


 岩の壁に亀裂が走り、中が見える。 すると、そこは――――


「銀色粘獣の巣……でござるか?」


 さっきまで追っていた1匹ではない。 数匹の銀色粘獣が驚いた。


「これは荒稼ぎでござるな!」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


「おぉ、これはレア素材というやつではござらぬか?」


 倒して銀色粘獣から手に入れたのはレア素材。 武器や防具に加工する事ができる金属だった。


 それが大量に手に入った。


『おい……これってメタリックスライム討伐の最高記録なんじゃ……』


『銀色粘獣の巣穴なんて初発見じゃないか? 魔物学の連中が大慌てしてダンジョンに向かってそう』


『今来た! 初配信で素材富豪になったサムライがいると聞いて!』


 景虎は、レア素材を風呂敷に詰め終えて背負った。


「おぉ! コメント欄も盛り上がっているでござるな。この調子で10層まで行くぞ!」


 1層の最奥。 強敵――――ボスと言われる個体が出現する部屋だ。


 討伐されれば、再出現まで一定期間の猶予が開く。 1層のボスとは言え、初心者が1人で倒せるレベルではない。


 不幸なのか、幸いなのか……ボスは在住中だと分かっていた。


 扉を開く。すると――――


「また粘獣でござるか?」


 広いボス部屋にいたのは1匹のスライムだけ。 まるで部屋の主のように中央に存在しているが……


『気をつけて。ここから大きくなる!』


『増えるよ!』


 コメントのアドバイスが飛んできた。


「なんと珍妙な。増えるのか? 大きくなるのか? どっちでござる?」


『両方!』


 そのコメント通り、上から数匹のスライムが落ちてきた。 おそらく、天井に張り付いていたのだろう。


 つれて、景虎は天井を見たが……「うわっ!」と悲鳴のように驚きの声を上げた。


 なんせ、天井の空間が見当たらないほど、スライムがびっしりと張り付いていたからだ。


「これは、気分が良いものではござらぬな。早めに終わらすとしよう」と景虎は壁を蹴り飛ばして、部屋そのものを揺さぶってみせた。


 それにしても、このサムライ……蹴りが強過ぎだ。


 天井から大量のスライムが落下して、合体していく。


「ほう!さしずめ、殿さまスライムと言ったところでござるな……」


 無論、正式名は他にあるが、景虎が気にせず自分が命名した殿さまスライムと戦いを始めた。


 ――――斬ッ! 


 そして、一瞬で勝敗を決してみせた。


『え!?』


『一撃で倒した?』


「なぜゆえ、それほど驚かれているのでござる? 複数の粘獣が重なり、大きくなってはいたが……通常の粘獣と同じで核も1つになっていた。ならば、そこを狙えば一太刀で終わる事は道理なのでは?」


『……』とコメント欄も言葉を失う。 スライムの核という話すら、初耳なのだ。


 この配信を見ていた現役ダンジョン配信者たちですら――――


「そんなものが存在していたのか!」と驚愕していた。


 そんな事を気にせず、景虎は「さすがに素材は落とさなかったでござるな」とトコトコと部屋の奥にある階段を下りていく。


 1層から2層に下りると――――


「むっ! 足場が悪いでござるな」


 そこは沼地。 カエルやオタマジャクシのような魔物が隠れもせずに、景虎に近寄って来る。


「ほう、人を怖がらないのは、きっと人の怖さを知らないためでござるな」


 そんな事を言いながら、無残にも斬り倒して行った。


 2層のボス


 ボスは巨大なカエルだった。子分なのか、ボスの周辺に3匹のカエルをいる。 


 どうやら、ボスが命令をしているようだ。小さなカエルたちは、景虎に体当たりで連続攻撃してくる。


「カエルでありながら連携するのは驚いたでござるが……大道芸の域を出ておらぬな」


 子分であるカエル共々、ボスカエルをアッサリと斬り倒して見せた。


「さて、次は3層。何とか今日中に10層まで攻略できそうな配分でござるな!」


 念のための確認だが、ボスと呼ばれる魔物は複数人……パーティを組んで戦うのが定石。 熟練のダンジョン配信者であっても1人で挑めば、簡単に勝てる魔物ではない――――はずなのだが。


「ほう、3層は砂漠でござるか……先ほど、上の層は水浸しだったのに不思議でござるな」


 そう言いながら、アッサリと3層を攻略する。幸いにも(?)ボス部屋にはボスは不在であった。 一度倒されて、再出現する期間と合わなかったようだ。


 4層は森だった。 獣人系魔物であるコボルトが徘徊している。


 ボスはワーウルフだった。


 5層は草原だった。 4層と同じ獣人系魔物であるケンタウロスが徘徊していた。


 ボスはミノタウロスだった。


 6層は―――――


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 そして、10層。 景虎の予告通り。十分な時間的な余裕をもってたどり着いた。


「うむ……今までの相手は不満であったが、イベントボスであるゴブリン王……特別な存在であるならば、当然、強者でござろう!」


 確かに10層は、今までと難易度が違っていた。


 元より、ダンジョンは10層毎に難易度が高くなっている。それが、イベントと重なり、酷い事になっている。


 もっとも、ダンジョンには昇降機エレベーターがある。


 通常時は、攻略経験を換算して利用が許可される昇降機エレベーターであったが、今の時期だけは初心者が無条件で昇降機を利用して10層を素通りする事が許されている。


「おぉ! ゴブリンたちの装備が良い。後備えにゴブリンの魔法使いもいるみたいだ。 甲冑合戦の稽古を思い出すでござるよ!」


 景虎も隠れながら言う。 兵士のように巡回しているゴブリンたち。


 どうやら練度も高く、数も多い。 真正面から中央突破は不可能だろう。


 しかし、有村景虎は、どこまでも有村景虎であった。


 わざと石を投げつけ、ゴブリンたちに自分の姿を晒して見せた。


「おぉ見よ、ゴブリンたちよ! 今から行うは有村景虎が一騎駆け! すなわち戦場の華でござる!」


 不可能だと言われている中央突破にサムライが挑んだ。 

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