第7話 銀色粘獣
「最初の魔物は
ここはダンジョン1層。言うならばダンジョン配信者が挑む最初の階層。
(ダンジョンは下に下に向かうほど、魔物の難易度も高くなると思い込んでいたが、この世界では違うのか? それとも、平均的に魔物の水準が高いのか?)
この時、景虎の脳裏に蒼月ノアのアドバイスが過った。
『景虎は、こっちのダンジョンは初めて。勝手が違うかもしれないから、わからない事があった時は素直にリスナーに聞けばいいのよ』
「うむ……」と試しに聞いてみる事にした。
「先ほどの小鬼……ゴブリンは、拙者の知るソレよりも頭がよかったでござる。普段から、あのような戦術を使って来るのでござるか?」
聞けば、コメント欄は滝のように大量のコメントが投稿された。
景虎の動体視力は、その中から気になったコメントを読み取っていく。
『普段は違うよ。今はイベント期間』
『ゴブリン王の帰還期間が開始されているから』
『この時期だけゴブリンの頭が良くなる仕様w』
関係ありそうなコメントが目に止まる。
「イベント期間……? この時期だけゴブリンが強くなる……繁殖期や産卵期。冬眠前後のようなものでござるか?」
『ゴブリンの産卵期www』
『違う違う、そういうイベントだと』
「?」と景虎は首を捻った。
イベントとは、特定の時期に、特定の魔物が強化される事を指す。
その結果、通常の魔物に勝利するよりもアイテムのドロップ率が向上したり、魔力による肉体強化が起こり易い。
しかし、それらの現象は、彼の世界にも確かにあった。だが、この世界のようにSNSが発展してないために一般的には――――ダンジョン探索者を含めて――――知られてない情報。
無論、その影には幕府の情報統制がある。
サムライを強くするための尾張将軍 織田信長のダンジョン推奨令ではあったが……
その逆、強くなり過ぎても困る。 あくまで幕府の制御下の元で生かさず、殺さず……
そのため、彼の世界ではダンジョン内のイベント詳細は直参旗本のみ。要するに織田直属の家臣団にのみ共有される情報となっていたのだ。
当然、有村景虎は、そんな事を知る由もなく――――
「なるほど、確かに心当たりがあるでござるな」と納得した。
「では、そのゴブリン王とやらは何層に鎮座しているのでござる?」
『10層だよ』
『10層』
『10層』
そのコメントに見て、景虎は今日の目標を決めた。
「ならば、今日の目標は10層でゴブリン王の討伐とするでござるか」
1日でダンジョン10層攻略。 しかも強化されたゴブリン王を討ち取る。
それは通常のダンジョン配信者では不可能なハイペース。
『え? 1日で10層踏破!?』
『無理無理無理!』
『絶対に無理だよ!』
コメント欄も騒めく。 その様子に景虎は、どこか満足気に頷いた。
事前に聞いていた蒼月ノアのアドバイスは2つあった。 1つは先ほどの――――
『わからない事があった時は素直にリスナーに聞けばいいのよ』
もう1つは――――
『初配信は数万単位の人が、いえ、貴方なら数十万人が見に来るわ。それほど高く期待してるの。だったら彼等の想像を遥かに超える事をしなさい』
景虎は、その言葉を胸にダンジョンを駆けだしていた。
「ほう! 小鬼の次の魔物は粘獣か! これは定石でござるな」
景虎の言う通り、目前に出現した魔物は粘獣――――つまり、スライムの事であった。
スライムは、ゴブリンと並ぶダンジョンの弱者であるが、それでも魔物は魔物である。
景虎は油断なく、斬り捨てると次に進むように足を――――いや、急に止まった。
ダンジョンの端に見つけたのは、先ほどと同じスライムに見えた。 だが、少しだけ違う所を言うとするならば、その色が違っていた。
ダンジョン内の僅かな光源であってもキラリと反射されるメタリックなボディのスライム。 すなわち――――
「おぉ!
銀色粘獣の出現にコメントも興奮状態になる。
なんせ出現率の低い魔物だ。 言うならばレアモンスター。
その分、倒した時の報酬は破格。 倒した時に得られる肉体強化の魔力は膨大。トップ配信者でも無視できないはどの量。 さらに、効果な素材もドロップする事もある。
「ほう、やはり銀色粘獣の評価は、こちらも同じか。ならば倒さぬ通りはござらんな!」
刀を構える景虎であったが、「むっ!」とすでに攻撃を開始していた銀色粘獣の一撃を防ぐ。
「さすがの速さでござるな!」
景虎の言う通りだ。
銀色粘獣の特色は常軌を逸脱する強度。そして素早さである。
スライムという魔物は独特の歩行術を有している。まるで跳ねたボールのように移動する。初動作を限りなく殺した動きは、まるで武術の達人を連想させる。
(逃走に徹されれば人間の足では敵わぬ。 そのため逃げられる前に討伐するのが鉄則でござる!)
銀色粘獣の攻撃。 体当たりが飛んで来る。
「この攻撃……待っていたでござる!」
読みづらい攻撃。
(しかし、正面から真っすぐに飛んで来る攻撃なら、読みが遅れても攻撃を十分に狙える!)
銀色粘獣と有村景虎。 2つの影が交差する。
景虎の攻撃は刺突。刀の剣先が粘獣の正面を捉えた。
――――そのはずだった。 しかし、景虎に伝わった手ごたえは、粘獣への直撃ではなかった。
銀色粘獣は刺突が当たる直前、空中で横回転をして、衝撃を逃がしたのだ。
ボクシングでいうスリッピングアウェーの技術。
後ろに振り返る。それと同時に上段からの斬撃をはなった。
だが――――
「いない! ……でござる!」
直撃ではないにしても、一撃を食らった銀色粘獣は既に逃げ出していた。
距離は大きく離れている。
『あー 逃げた』
『残念……』
『最大な取れ高だったのにね』
コメントは既に諦めていたが……景虎はそうではなかった。
自身の日本刀をダンジョンの床に突き刺す。
大型日本刀の重量がなくなり身軽になった景虎は銀色粘獣に向かって駆けだした。
「追いかけっこでござるなら、拙者は簡単に負けないぞ!」
逃走する銀色粘獣は、あらゆる魔物の中でもトップクラス。
人間の足で追いつけるはずもない。だが、景虎の足は、その常識を覆した。
逃げる銀色粘着。
それに追いつけれない。しかし、引き離されない速度で景虎は走り始めた。
期せず、ダンジョン内でスピード勝負が始まった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
一方、ここではない日本。 まだサムライたちが日の元を闊歩している世界だ。
「やれやれ、僕がここに来るなんて感慨深いね」
そんな中、白いスーツの男――――坂本竜馬が見上げた先には、こう書かれていた。
『壬生屯所 新選組』
――――いや、それはおかしい。
壬生とは京都の地名である。新選組は江戸から京都の守護のため移り住んだ者たち。
ならば、ここは京都だろうか? ――――いや、ここは日本の首都『尾張』
愛知のはずだ。
『ならばどうして?』 その疑問とその言葉は無意味なのかもしれない。
坂本龍馬は、建物の入り口で、掃き掃除をしている若い隊士に声をかける。
「君、すまないが新選組局長に取り次いで貰えないか?」
「はい、どちらの局長でしょうか?」
「どちらって局長って……」と坂本竜馬は苦笑した。
新選組局長と言えば、2人 芹沢鴨と近藤勇。 あと、局長格の新見錦まで含めれば3人か?
「言い忘れていたけど、僕はこういう者なんだ」と名刺を渡す。
「はぁ?」と名刺を受け取った若い隊士の顔色が変わる。そこにはこう書かれている。
『外務省 外務大臣 坂本竜馬』
「――――ッ! わ、わかりました。全局長を呼びましょう」
「頼むよ。その方が話が早くて助かる。ちなみに――――今回は要人捕獲の依頼だからね」
それだけを聞くと若い隊士は踵を返して中に、駆け出していた。
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