第9話 ゴブリンたちとの合戦

 景虎は、目の前に広がる光景を連想させる。


「まるで合戦ではないか!」


 前衛で盾を構えた屈強なゴブリンウォーリアたち。


 身の丈に合わない長剣を持っているゴブリンナイト。


 その後方には、杖を持ったゴブリンの魔法使いたちはゴブリンシャーマンだ。


「なるほど、これがイベントでござるか……」


 決して1人のダンジョン配信者が挑むものではない。 しかし、彼の体は導かれるよう、自然とゴブリンの集団に向かっていた。


 すぐさまゴブリンたちも接近してくる景虎に気づく。陣形を組み、盾を持ったゴブリンウォーリアたちが景虎を抑えに向かう。 しかし――――


「うぉおおおおおおおおおおおお!」と放たれたのは咆哮の如き裂帛の気合。


 大剣の部類の日本刀――――斬魔刀を横薙ぎに振る。


 たった一撃。 それだけである。


 それだけで屈強であるゴブリンウォーリアたちの盾と鎧は砕けて、10匹以上は宙に舞った。


 瓦解するゴブリンたちの前衛。 次にはゴブリンナイトたちが迫って来る。


 しかし、ゴブリンナイトたちは自ら密集し始める。


「なんでござるか? あれでは剣を振ることも叶わず――――いや、面白い! あれは槍ふすまではござらぬか!」


 『槍ふすま』


 槍を持った足軽たちの密集陣形。 戦国乱世の時代では、この陣形が多用された。


 集団が槍先を1つの方向に向けて進む『槍ふすま』という方法こそが最強の戦術を言う者もいたほどだ。


「世界が違っても、人間ではない魔物であっても、同じ事を考えるとは感慨深いでござる……」


 だが、ゴブリンナイトたちの槍先――――正確には剣先だが――――は待ってくれない。


 だが、逆に――――「行くでござる!」と槍ふすまに向かって景虎は駆け出していた。


 どうやって槍ふすまを破るのか? 景虎は、剣先が当たる間合いよりも余分を持って止まった。


 それから一度、二度と体を大きく左右に揺さぶったかと思うと大きく横に飛んだ。


 その動きは神速。 直前のフェイントもあってゴブリンナイトたちの動体視力では目前で景虎の姿が消えたように見えただろう。


 景虎は槍ふすまの真横に移動を終えていた。


 ゴブリンナイトたちは、「ぎぃ! ぎぃぃ? ぎいぃぃぃぃ!?」と慌てだす。


「それほどまでの密着した陣形では、横へいる者へ攻撃は難しいでござろう?」


 槍ふすまの攻撃方法は刺突のみだけ。 槍(この場合は剣であるが)を横に振り回すためのスペースはない。   


「もちろん、陣形を組み直す時間を与えるほど、拙者は甘くないつもりでござるよ?」


 まるで大砲のような破壊音を彼等、ゴブリンナイトたちは自身の耳で聞いたことであろう。 やはり、彼等も一撃によって弾き飛ばされた。


 まるで工事用の重機が集団に向かって突っ込んでいくようなものだ。


 景虎のゴブリンたちに対する突破力は、トラックやブルドーザーに近しい。


「むっ! 後衛の攻撃でござるか?」と景虎は上を見上げた。


 後衛の魔法使いたち――――ゴブリンシャーマンは、魔力を掌に集中させて生まれた火の塊を景虎にめがけて投げつけてくる。


 人間が使えば、『ファイアボール』と言う炎系初期魔法と同じ部類だろう。


 それが次から次に――――山なりに飛んで来る。 その数は10ほど。


「うむ、敵陣の中央突破を試してみた事が幸いしたでござるな。 まさか、妖術師たちも自陣のど真ん中を狙って、強力な魔法を放てまい」


 景虎の想像通り、ゴブリンシャーマンの攻撃は陣形を立て直すための時間稼ぎだった。


 敵である景虎1人を囲い込むようにゴブリンたちが動き始める。


「随分と指示が良い。しかし、拙者1人に――――殲滅包囲戦など大げさな」


 盾を持ったゴブリンウォーリアたちが再び、景虎を取り囲む。


 その背後に備えたゴブリンナイトたちは、密着陣形を止めた。


 さらに最後尾のゴブリンシャーマンたちは怪しげな儀式を行い、強烈な攻撃魔法の準備を開始している。


「これは、まさに絶景でござるな!  拙者は、この火中を前で一層の熱意を燃やす次第でござりますよ」


 景虎の眼光は冷たく、超人的な力がその身を包み込む。


 ゴブリンたちは、景虎の超人的な動きを目にしておきながら、どこか危機感が欠けていた。


 どれほどの超人であれど、この人数。 いずれ力尽きで倒れるに違いない。

 

 それまでゴブリンたちが持っていた景虎への印象は――――


(間抜けな人間が獲物として飛び込んできたぞ)


 しかし、今はどうだろうか?


 周囲のゴブリンたちは、目前の人間が間抜けな獲物などではなく、自分たちに全滅させるべく、立ち向かう者が現れただと知る。


 そして景虎が次に動き出した。


「ここが拙者の千秋楽! いざ尋常に――――勝負!」


 その動きは、まるで風のようだった。彼等の、ゴブリンたちの敵意を討ち断つ風の剣――――


 鮮やかであり、読めない風――――戦場に疾風が駆け抜けていく。


 そして、景虎はその剣術の真髄を発揮した。


 彼の斬魔刀は、盾や鎧を砕き、剣を簡単に折ってみせる。連続で放たれる力強い斬撃は、ゴブリンたちの陣形を崩壊させ、彼らを混乱させた。


 血飛沫が飛び交う。 残虐であるはずの光景は、不思議と芸術的でありながら、同時に致命的であった――――


 少なくともゴブリンたちにとっては――――


 包囲殲滅戦の策略は、有村景虎1人によって水泡に帰す。


 敵の意気地を喪失させた。超人であるサムライが敵陣を駆け巡り、敵に絶望を与えた瞬間である。


 そんな時である。


「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と咆哮。


 怒りの咆哮である。 その直後、ゴブリンたちが景虎から距離を取り始めた。


「どうやら撤退……ではござらぬな」


 明らかに兵力が大幅に減少したゴブリンたちであったが、失っていた戦意という物が蘇っていた。 さらに景虎に向けていた恐怖心も消え失せている。


 なぜか?


「目に見えて士気が上がっている。ならば、先ほどの声は敵将であろう……大将御自ら一騎打ちを御所望か?」


 それが正解と言わんばかり、ゴブリン兵たちの後ろから巨体が現れた。


 ゴブリン王の出陣だ。


 オークやトロルと見間違うほどの大きさ。とてもゴブリンとは思えない。


 古びた黄金の戦斧を片手に持ち、肩に担いでいる。 いや、よく見れば槍の部分がついている。 


 所謂、ハルバードと言われる武器だ。 


 古びている所を見れば、ダンジョン配信者から奪ったのかもしれない。 


 そして信じられない事に騎乗をしていた。もちろん、馬ではない。


 狼だ。 その狼もゴブリン王の巨体でも乗り潰れないほどの大きさ。


 もしかしら狼も特殊な魔物なのかもしれない。


「グルルルル」と飼い主であろうゴブリン王同様に威圧してくる。


 景虎は刀をゴブリン王に向けて――――


「やーやー 我こそは!」と名乗り上げを始めた。


「名は有村景虎! そなたをゴブリン王とお見受けいたす! 己が名誉を賭けて、力を比べん!」


 おそらく、言葉は通じていないだろう。しかし、その意思は通じたようだ。


 ゴブリン王は斧槍ハルバードを上げて――――


「ぐうぉぉぉぉぉぉ!」と景虎の真似をした。


「おぉ! まごうことなく将であられる! ならば、勝負でござる!」


 その言葉と同時に攻撃を始めたのはゴブリン王だった。 彼が騎乗している狼は、野生のまま景虎に飛び掛かる。馬上――――いや、狼上と言うべきか? そのゴブリン王も斧槍を振るった。


 景虎は回避。それと同時に低い体勢から刀を突きあげていく。


 しかし、それも当たらない。


「むむむっ! やはり、騎馬武者を相手にするとは勝手が違うのでござるな!」


 そんな景虎の頭上を狙って、斧槍の斧部分が振り落とされていく。


「おおっと、凄まじい迫力でござる! これは楽しくなってきた!」


 こうして激しい戦いが始まった。


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