愛と憎しみ 5
愛原の告白を断った瞬間、彼女の顔が能面のようになる。
「どうして? やっぱり私が、気持ち悪いから?」
「いや、そうじゃなくて……ほら、今のあたしって完全にみんなの『敵』じゃん。だから、あたしの味方をしたら、キミも『敵』として認識される」
あたしをいじめている彼女たちは、愛原のためと見せかけて、本当は『自分のため』に行動している。
せっかく『正義感』という大義名分を得たのに、愛原本人がそれを否定すれば、怒りは愛原自身の方へ向く可能性すらある。
『あなたの為にやってあげてたのに』とか『裏切者』とか『かばう方も悪』みたいな。
「だから、あたしと仲良くなったら、キミが危ないってこと。あたし一人ならなんとでもなるけど『人を守る』自信は無い」
まったく、自分の事しか考えない邪悪であるあたしが、他人の為にここまで気を遣ってやるとか、奇跡だぞ? あたしはそれだけキミが気に入ったんだよ。
「な~んだ! そんなことか。それなら大丈夫だよ!」
しかし、あたしの話を聞いた愛原は安心したよう胸を撫で下ろす。
「確かにあなたの言う通り、この学校で私たちは幸せになれない。誰も私たちの事なんて理解してくれない」
「ああ、そうだよ。だから……」
「それならさ、逃げちゃえばいいんだよ。こんな世界」
「え?」
「誰も知らない、私たちだけの世界へ、一緒に行こう?」
「そ、それって……まさか!」
「ん? 外国だよ」
「…………ああ、そう。外国ね」
てっきり『死の世界へ一緒に行こう!』とか言い出すと思ったけど、よかった。思ったより、常識的な答え……
「って、ぜんぜん常識的じゃねーし! 簡単に外国になんて逃げられるわけないだろ!」
「大丈夫だよ! 私が全部なんとかしてあげる。私、こう見えて色々とできるんだ」
「いやいや、お金とかはどうするのさ」
「へへへ~。これな~んだ?」
まるであたしみたいな仕草をした愛原が、手に持っている紙袋をこちらに見せてきた。
そういえば、紙袋を持っていたな。中身は包丁じゃなかったみたいだけど、それならこの紙袋の中身は……
「なっ!?」
そこにあったのは大量の『札束』だった。
「嘘……これ、どうしたの?」
「寄り道したって言ったよね? あなたのお父さんの会社から、こっそり頂いちゃった。あはっ♪」
「ど、どうやって!?」
「方法は企業秘密♪ でも、それはどうでもいい事。言いたいのは、私は二人の愛の為なら、なんでもできる。あなたは何も心配しなくていい」
「そ、そんな……そんな馬鹿な」
父の会社のセキュリティを突破した? こんな少女が一瞬で?
いや、それはどうでもいい。そんな場合じゃない。
「な、なんて……ことを」
「黒崎さん?」
「終わりだ。あたしたち、もう終わったよ」
この子は決してやってはいけないことをやってしまった。
世の中には絶対に逆らってはいけない相手もいる。それがあたしの父だ。
父はどんな手段を使っても『敵』は潰す。これまでもそうやって様々な人間を秘密裏に『消去』してきた。
恐ろしいのは、それらの殺人が何故か公表されないという点だ。
消された人間はいつも『行方不明』として処理される。
どんな手段を使っているのか分からない。警察の弱みでも握っているのか、もっと上の人間と繋がっているのか。それは不明だ。
だが、真に恐ろしいのは、それは相手が誰でも変わらない点だ。
かつてあたしには兄がいた。兄は養子のあたしと違って、父と血の繋がりがある本当の家族だった。
だが、兄は死んだ。なぜか? 父の会社の金に手を出してしまったからだ。
あたしが言うのもなんだけど、兄はどうしようもない人だった。何もできない、何の能力も無い哀れな人間。
遊ぶ金が欲しくて会社の金を持ち出そうとした所、父に捕まって監禁されて殺された。その瞬間をあたしは見てしまった。
もちろん、それも『行方不明』として処理された。
間違いないのは、あたしの父はリスクも無く自由に人間を消せる。実の息子もその対象なのだから、養子のあたしなんて一切の容赦もなく殺されるだろう。
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