愛と憎しみ 4

「…………今、なんて言った?」


 そういえばこの前、告白されても気付けない鈍感主人公を散々笑ったのだけど、それと全く同じ台詞を言ってしまった。

 いや、でも! 流石にこれは誰でも聞き返すでしょ!


「好きです! 大好きです! 愛しています!」


 しかも、聞き間違いじゃなかった!?

 え? ちょっと待って。なにこれ。頭が、追いつかない。本当にあたしが好きなの?

 なんで? どうして? どこが?

 急に風向きが変わった。愛原、どういうつもりだ。


 いや、待て。これは……ああ、分かった。そうか。そういう『作戦』か。なるほど。

 そうやって油断させて、相手に好意があると見せかけて、裏切って殺す……と。

 やるじゃん。ある意味では正しい復讐だ。そういうのは嫌いじゃない。あたしも同じような戦法でキミを傷つけたしね。

 でも残念。相手が悪すぎた。


「ねえ、それなら……あたしが好きなら、キミの『目』をよく見せてよ」


 あたしは相手の目を見ると、そいつが何を企んでいるのか、一発で分かるんだ。だから、その手は通用しない。

 髪で目が隠れている愛原だが、その髪を強引にめくり上げてやった。


「…………あ」


 さあ、キミの目をじっくりと拝見させて……

 って、なにこいつ!? めっっっちゃ綺麗な目をしてるじゃん!

 なんだろう。『負けた』と思ってしまった。それくらい綺麗な瞳だ。

 以前、愛原を助けに来たヒーロー君があたしらをブスと言ったが、愛原が基準だとそれを納得できてしまうほどの魅力だ。

 あのヒーロー君。もしかして、女を見る目があった?


「く、黒崎さん。ダメだよ。そんな風に見つめられたら、私……」

「うっさい。ちょっと黙ってろ」


 とにかく、集中。愛原が何を企んでいるのか見抜くのだ。

 愛原が目を逸らそうとするけど、そうはさせない。両頬を掴んで無理やり目線を合わせる。


 結果………………こいつ、本気だっっ!


 つまり、さっきの言葉は全て嘘偽りのない本音。彼女はあたしの事が本気で……好き!


「本当に、あたしが好きなの?」

「う、うん。うんうん!」


 コクコク、と壊れた人形みたいに何度もうなずく愛原。


「……一つ、質問していいかな」

「いいよ! なんでも聞いて!」

「相手、間違ってない?」

「そんな事ないよ! 黒崎瑠美さんだよね。……え? あれ? 別人だった?」

「別人じゃねーし! いや、そうじゃなくて、あたしはキミをいじめた最低最悪のクズだよ。そんな相手を好きになるのは、間違いじゃないかって、そう言いたかったの!」

「うん、あの『お遊び』の事だよね! 楽しかったね!」

「…………お遊び」


 なんだこいつ。こんなのを相手にするのは初めてだ。

 そんなあたしを見て、愛原は深呼吸するように息を吐いた。


「そうだね。ごめんね。急にこんなこと言われて、驚いたよね。でも、本当にあなたが好きなの。初めて見た時からずっと好きだった。勉強もできて、運動もできて、とっても美人で、そんなあなたが大好き」

「そう……なんだ」

「ちょっと寂しそうにしている部分とか、蛇のような氷みたいなその目つきとか、そのせいで色々と誤解されやすい所とか、そういうのも含めて全てが愛らしい!」


 それ、褒めてる? 微妙にディスってません?

 とにかく、一つ確定なのはこの子は嘘をついていない。仮に嘘でも、それならそれで殺されても満足なくらいの熱を感じた。

 そうやって煌めく目(本当にキラキラ光っているくらい綺麗)で熱く語っていた愛原だが、ふと暗い表情となって肩を落とす。


「でもね。私が自分の気持ち……つまり『喜怒哀楽』の『喜』の感情を出すと、相手はいつも『気持ち悪い』って言うんだ。分かってる。だから本来、この気持ちは締まっておくべきだった」

 なるほど。確かにちょっと怖かった。あたしでなければ、もうこの時点で逃げ出していたかもしれない。

 あの不気味な笑顔は、なんのフェイクも無い彼女の素顔だったわけだ。


「だけど、あなたがいけないんだからね! 黒崎さん」

「あたし……ですか?」


 つい敬語になってしまう。どうやら悪いのはあたしらしい。

いや、実際に悪い事したけど。


「私はずっと我慢できるつもりだった。でも、あなたが私の『信号』に気付いてくれた。私に近づいてきてくれた。嬉しくて死んでもいいって思った」


 そういえば、あたしは一度だけ『らしくない』事をした。

 愛原をいじめのターゲットにした理由を『いじめて欲しそうな顔をしている』などと、理屈ではあり得ない判断で決めたのだ。

 これは愛原の『信号』とやらをあたしが無意識でキャッチしていたから?


「最初は本当に私が黒崎さんのグループに迷惑をかけていると思って、自殺しようと思ったけど、すぐ分かった。黒崎さん、楽しんでいる。それが私、『嬉し』かった」


 愛原は美談でも語るかのように空を見上げる。


「私はこの夢みたいな時間がずっと続けばいいと思った。でもあなたは言った。『土下座をすれば終わりにする』と。酷い! せっかくあなたと一緒にいられるようになったのに!」


 ああ。だから愛原は意地でも土下座をしなかったのか。


「でも『終わり』は来た。本当は分かっていた。こんな歪な関係がいつまでも続くわけない。その日、私は生まれて初めて大声で泣いた。そして思い出を胸に、これからも生きていこうと思った」


 『終わり』とはいじめの終焉の事なのだろう。


「でも、無理だった。無理だったんだよっっ!」


 目に涙を溜めた愛原は、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。


「知ってる? この世で最も残酷な事は、愛されない事じゃない。愛を与えておいて、それを奪う事だよ。あなたと触れ合った毎日が、どうしても忘れられない!」


 そんなにあたしと一緒にいたかったのか。愛が無いあたしには分からない感覚だ。


「だからもう、我慢なんてできない。私はあなたに気持ちを伝えることにした」


 これで話は終わりのようだった。色々と理解できない部分もあるが、言いたいことは分かった。

 初めて本気でぶつけられた『好き』という気持ち。本物の……愛。


「あれ? 黒崎さん。顔、赤くなってる」

「…………ああ、初めて告白されたから、嬉しいのかもね」


 こう見えて『喜』の表現は人並み以上に強いつもりである。非常に特殊な例であるけど、今度こそ愛を理解できる可能性がある。


「え? 待って。告白されたのが初めて? 嘘でしょ? 黒崎さん、美人だし、たくさん告白されているんじゃないの?」

「あーそれ、よく言われるけど、今日まで告白なんてされた事ないよ」


 まったく、この学校の男どもは揃いも揃って女を見る目が『ある』。

 見た目に惑わされず、きちんと女の中身を見抜いているのだろう。

 本当に、大したものだ。偉い偉い。


「私が黒崎さんの『初めて』。嬉しい! それなら、私たち……」

「待った! ストップ。『彼』はどうするの」

「彼?」

「ほら、あのヒーローみたいな彼。キミを助けた子」

「瀬戸君のこと?」

「そう! そんな名前の! 彼、絶対にキミの事が好きだよ」

「うん。告白、されたよ? でも、お断りしちゃったんだ」

「………………ああ、そう。タイプじゃなかった?」

「違うよ。告白されたのは嬉しかった、だから、私の『喜』の感情を見せちゃった。すると彼は『気持ち悪い』という目となって、逃げた」


 『喜』とは、さっきのあの笑い方の事だろうか。


「瀬戸君はとても真っ直ぐで純粋な人だから、きっと私を勘違いしていた。彼には私なんかじゃなくて、別の人がお似合いだよ」

「へえ。じゃあ、あたしは真っ直ぐでも純粋でもないから、キミにお似合いと?」

「うけけけけ! そう! あなたに『そんな感情』は無い。今だってこんな私を見ても、ほとんど何も感じないんでしょ?」


 ……よく分かっている。確かに怒りや悲しみが無いあたしは『嫌悪感』も鈍い。

 こんな笑い方をする女とは距離を取る。それが『普通』なのだ。

 でも、あたしは面白いとさえ思い始めている。人並み以上に様々な事を『楽しめてしまう』完全な欠陥人間。


 愛原はそんなあたしを世界で唯一好きになってくれた。

 そして、あたしだけが世界で唯一、愛原を愛する事ができる体質だ。

 でも……

「ごめん。恐らくキミは大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「キミはただ『痛い事』をされるのが嬉しいだけだ」


 そう、愛原はきっと『そういう体質』なだけだ。


「世の中にはその手のプロがやっているお店だってある。そこに行った方が満足できると思う。プロなら嫌な顔一つしないし、よかったら紹介しようか?」


 彼女は『愛』と『体質』を勘違いしている。なら、あたしじゃなくてもいい。

 男の中にはそういう女が好みって奴も珍しくない。あたしの父のように。

 そういう相手と結ばれた方が、彼女にとっても幸せだろう。


「うん。私も最初はそう思った。私はただ痛い事をされて喜ぶだけの女なのかな……って」

「そうだね。だから、キミのためにも言うけど、あたしの事は忘れた方が……」

「でも、違ったんだ! もう一つ『奇跡』が起きたんだよ!」

「……奇跡?」

「私ね、クラスの男子に『襲われた』んだ」

「…………え?」


 愛原の口からとんでもない言葉が飛び出る。


「これがただの体質なのか、本当の愛なのか、悩んでいた時、まるで神様が答えを出してくれたみたいに、あの人が私に『酷い事』したんだ」

「ひ、酷い事……」


 そういえば、彼女の服装は激しく乱れていた。それってつまり……


「……誰にやられたの?」

「忘れた。クラスの男子だけど、印象に残っていない」


 いやいや。なにそれ。なんでクラスのよく知らない男子にいきなり襲われる??


「その時、私ね……」


 なぜか自慢げな表情となる愛原。



「とっっっても気色悪かった!」



 そこにあったのは満面の『笑み』だった。


「それが逆に嬉しかった。私の愛は本物だと分かった。相手が絶望的なほど下手だった事もあるけど、それを差し引いても、私は黒崎さんじゃないとダメだった。あなただから、嬉しかったんだよ!」


 この子、たったそれだけのために抵抗もしなかったのか? そこまでして、自分の愛を確かめたかったのか。


「あまりにも嬉しくて、そのまま笑いながら教室を飛び出して、ここまで来ちゃった。ま、ちょっと『寄り道』したけど」

 相手は愛原が『壊れた』と思っただろう。彼女がただ『素』になっただけとも知らずに。

「そういえば、その時になんか知らないけど、変な注射を刺された。三本くらい」

「はああ!? …………え? 待って。注射? 三本? それって……」


 『彼』じゃん!

 おいおい、あいつなにやってんだ! いくらなんでもハッスルしすぎだろ!?

 しかも絶望的なほど下手って……いや、まあ彼についてはもはや何も語るまい。


「ちなみにその注射は体には何の害も無いから、そこは安心していいよ」

「そうなんだ。よかったよ~。まあ、私にはそういうの効かないけど、それでもよく考えたら酷い事するよね~。さすがの私も、おこだからね!」


 プンプン、と頬を膨らます愛原。…………ちょっと可愛い?

 いやいや! 待て待て! あたしが言うのもなんだけど、その反応はおかしいだろ! シャレにならないくらい酷い事されているんだぞ! そんなのでいいのか!?

 つーか、聞き逃しそうになったけど『そういうの効かない』ってなに? こいつ、超人か?

 まったく、本当にこの子は面白い。


「うん。やっぱり私はあなたが好き。…………ねえ。返事、聞かせてもらっていい?」


 上目遣いだが、そこには自信のようなものもあった。

 確かにあたしは彼女を気に入っている。それは相手にも伝わっているようだ。

 しかし……


「ごめん。やっぱり、キミの気持ちには答えられない。答えない方がいい」

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