愛と憎しみ 2

「はあ~。ダメだ」


 もっとこう、自分に『怒り』とか『悲しみ』という感情を期待したけど、全然その手の感情は沸いてこないや。


「やっぱりあたし、普通じゃないんだ」


 あたしはきっと、人として重大な『二つの感情』が欠落していると思う。

 それは『愛』と『憎しみ』と呼ばれる感情だ。

 あたしには『愛』が分からない。人を好きになった事が無いんだ。

 まあ、これは別に珍しくない。高校生なら尚更だ。なんならあたしの倍生きていても愛を知らない人もいる。


 でも『憎しみ』が分からないのは異常だ。『今まで一度も人を憎んだ事が無い』なんてのはあり得ない。

 憎しみの感情が欠落しているのは良い事だ。そう思われるかもしれないが、大きな間違いだ。

 憎しみが無い人間は『人の痛み』も分からない。相手が傷つく理由が理解できないから『え? そんなに酷い事した?』となる。


 だから、さっきみたいに会話が噛み合わない事など日常茶飯事だ。

 一番の問題は愛と憎しみが『連動した感情』という点。よく憎む人は、それだけよく愛する才能がある。

 『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』というのを聞いた事はないだろうか。今のあたしはまさにその状態だ。

 憎しみが無ければ、愛は永遠に理解できない。

 これを『喜怒哀楽』で表すなら、『怒』と『哀』が死んでいる状態だ。『怒り』や『悲しみ』の類があたしには存在しない。


 その反動なのか『喜』と『楽』は人より発達している気がする。

 大抵の事は楽しめるし、ちょっとした事で喜べる。

 『喜』や『楽』は理解できるのに、愛が分からないのはちょっと納得いかない。

 だから、あたしは愛が知りたかった。

 それでも、やはり愛は敷居が高い。だから、まずは憎しみを学ぼうとした。

 憎しみを知れば、そこから連動して愛も理解できる可能性がある。

 そしてあたしは人として最低の選択をした。『いじめ』である。


 いじめならたくさんの憎しみ触れられる。ちょうど最近知り合った彼とそんな話になったし、これは『やれ』という神様の合図と思った。

 結果として、あたしは今、たくさんの憎しみに触れているけど、あたし自身の憎しみは得られなかった。今回は失敗か。

 あたしはこのまま、永久に愛も憎しみも理解できないのかな?


 ×××


 ちなみにあたしは『ある特技』を持っている。

 それは『相手の目を見ると、考えている事がだいたい分かる』というものだ。

 トイレから出たあたしに、皆の目が突き刺さる。

 その目がこう言っていた。


『自業自得だよね』『そのまま自殺すればいい』『ざまぁみろっっ!』


 なるほど。そんなにあたしが嫌いか。

 でも、あたしはキミたちを嫌いになれない。『人を憎めない』んだ。

 いいな。羨ましいな。あたしにもその『憎しみ』を教えてよ。

 言葉は嫌いになれるのに、人は嫌いになれないとか、理不尽じゃない?


「……あ」


 その時『彼』と目が合った。名前は……赤山君? 赤海君? ダメだ。名前を覚えるのだけは苦手なんだ。

 彼はあたしを綺麗と言ってくれた。嬉しかった。これは愛に繋がる可能性もある。

 愛が無くても『恋人ごっこ』みたいな事をすれば、何かが掴めると思った。


 だから、利害の一致もあったけど、あたしのやり方で彼の望みを叶えてあげようと努力した。

 でも、なぜか裏切られた。いじめ動画を撮られて拡散された。

 何か理由があると思って、彼の口からその話が出るのを待っていたけど、そんな気配も無い。

 直接理由を聞こうとした瞬間、待っていたのは完全な『拒絶』だった。

 彼は『綺麗』と言ってくれたその口で、あたしを『ブス』と言った。

 その言葉を聞いた瞬間、あたしは……



『なにも感じない』



 あーダメだ。ここまでされてもまるで『怒り』が沸かない。

 なんてことない。結局あたしは彼に対して『無関心』だったのだ。

 恋人ごっこすらできていなかった。あたしは理屈で恋をした気分になっていただけ。

 だって、あたしにわずかでも愛があれば、こんなことを言われたら憎しみを感じるはずなのだから。

 今回もまた、愛どころか憎しみも得られなかったか。

 でも、なんで切られた? なんかやっちゃった?

 もしかして『注射器』の件かな。

 ごめんね、あれは『ドッキリ』のつもりだったんだ。

 つまり、あの注射器の中身は完全な『偽物』。危ない薬などではなく、ただの精神安定剤です。

 彼が辛そうな顔をしていたから、あたしなりに元気づけようとしたんだ。やり方、間違えちゃったか。

 友達いないから、そういう距離感が分からない。取り巻きの皆さんは、これで笑ってくれたけどな。……今思い出したら、苦笑いだったけど。

 あの時の彼、あたしと目を合わせてくれなかったし。目が見えなければ、あたしの特技も役に立たない。

 まあ、仕方ない。この件は反省して、次回から頑張ろう。

 次回とか、あるか知らんけど。

 ちなみに今の彼はあたしを真っ直ぐ見ているので、考えている事がよく分かる。

 『あたしを潰して経験値を得る』か。なるほど。

 ごめん。実は経験値の話、『適当』なんだ。全てキミと一緒にいるための方便だったけど、鵜呑みにしちゃったか。

 このままだと彼は十年後も『俺だけが、ただ一人の勝利者だ(笑)』みたいな痛い事を言っている大人に育ってしまう。

 しかも、そんな性格をプロの美人局さんに見抜かれて、五組くらいからカモにされる未来が見えた。まあ、そうはならんと思いたいけど。


 でも、ごめんね。あたしの勘、めっちゃ当たるんだ。


 もしそんな未来になっても、あたしと関わったせいでそんなキミになってしまったとしても、あたしを恨むんじゃないぞ。

 それこそキミの『自業自得』なんだから……さ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る