黒崎瑠美

愛と憎しみ 1

 あたしは黒崎瑠美。成績はトップ。運動も完璧。容姿も整っている。

 俗に言う『完璧美少女』ってやつです。

 そんなあたしは今……


「………………ぐ」


 トイレにて顔面に『モップ』をぶちこまれております。


「ねえねえ、こいつって実はブスだよね」


「だよね~。きゃははは! ブ~ス」


 周りの女子たちはそんなあたしを見て、ケラケラと楽しそうに笑っています。

 この場面だけ見れば、いじめられているあたしは、とても可哀想な女の子。悲劇のヒロインと言えるかもしれない。

 でも、そうはならない。誰もあたしを見て、同情すらしてくれない。

 なぜなら……


「人をいじめたのだから、こんな目にあうのは当然だよね」


 あたしが先に『いじめ』をしたから。人として最低最悪のクズでした。

 ヒロインなんてとんでもない。物語で言うなら、滅びるべき邪悪側の人間です。

 だから、これは当然の報い。人をいじめるようなあたしに、救いなど存在しない。

 でもさぁ、ちょっとばかり納得できない部分もあるんだよね~。


「ねえ。二つほど、質問してもいいかな?」

「なに? 言っておくけど、今ごろ謝っても、もう遅いからね」

「いや、それはいいけどさ」


 モップを押し付けている女の子に聞いてみる。


「あたし、ここまで酷い事したっけ?」


 『酷い事』とは、『モップを顔面に押し付ける』という行為である。


「確かに殴ったりはしたよ。でも、この報復は過剰じゃない?」

「はあ? あんたはいじめという許されない行為をしたんだ。これくらいされても、文句は言えないでしょうが!」


 どうだろ。やっぱり納得できない。

 ひょっとしてあれか。ドラマとかで流行っていた『やられたらやり返す。倍返しだ』ってやつ?

 あたし、あの言葉、嫌いなんだよね~。というか、おかしい。

 『倍』で返しちゃダメでしょ。やり返すなら『同じ』であるべきだ。


 『肩をぶつけられたからナイフで刺して殺しました』ってくらい、滅茶苦茶な論理と思う。殴られたのなら、刺すのではなくて、殴り返すべきでは?

 ちなみに『目には目を歯には歯を』はかなり好きな言葉。これは名言だ。

 やっぱりさ、やられた事は、そのままやり返すのが筋だと思うんだ。

 まあでも、それはいいや。それよりも、もう一つ明らかにおかしい部分がある。


「あたし、キミらに何かしたっけ?」


 なんで被害者でも無いこの子たちが、あたしを攻撃するのでしょう。


「あんたは悪だ。だから天に代わって、私たちがあんたを成敗してやってんだよ!」

「ぷっ。悪? 天? なにそれ。キミ、自分の事を神様とか思ってるの?」

「うるせえ! ブスがっっ!」


 さらに強くモップを押し付けられる。


「こいつ、本っっ当にムカつく! ずっと嫌いだったわ!」


「あんたがイカれているせいで、私たちまで悪いみたいに思われそうなんだよ! 全部あんたの暴走なのにさ!」


 おいおい、もう完全に私的な理由になってんじゃん。あたしに全責任を押し付けて、自己保身に走りたいってのが透けて見えすぎているよ。『天に代わって成敗』の部分は何処へ行った。

 その後もあたしに対する攻撃は続く。水をかけたり、より強くモップを押し付けたり。


「ね、そろそろ行こう。授業が始まるよ」


「そうだね。明日はもっと酷い事をしてやるから。覚悟しておけよ!」


 そうしてあたしを散々いたぶった彼女たちは、トイレから出て行った。

 一人でトイレに取り残されるあたし。そんなあたしが思った事は……


『なにも感じない』


 虚無とか、そういう感情だった。

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