経験値 8

 あれから十年が過ぎた。二十七歳となった俺は、今では大企業に勤めるエリート社員だ。

 昼間から高級マンションの最上階で、優雅にワインを飲みながら、テレビを見ている。

 俗に言う勝ち組というやつだ。

 テレビの内容は、外国の特集だった。


『は~い、皆様。ここは知る人ぞ知る外国の秘境なのですが、ここには『愛の石碑』と呼ばれるものがあります。この石碑には世界中から訪れた人たちの愛の言葉が刻んであるのです』


 話によると、この島の石碑に愛の言葉を刻んだカップルは、永遠に結ばれるというジンクスがあるそうだ。

 人気はそれなりのようで、様々な国の愛の言葉が石碑には刻まれている。

 その中には……


『おお! 日本語を発見しました! どれどれ? 『アキ&ルミ。ここに永遠の愛を誓う』ですって。これは妬けますな~。アキ君とルミちゃんに祝福を~』


 『アキ』という男と『ルミ』という女が石碑に愛を刻んでいたらしい。

 比較的新しく書かれた文字のようで、二人が現在も愛し合っている事が伺える。お盛んな事だ。

 しかし、この『アキ』と『ルミ』という名前。俺の中で引っかかるものがあった。

 『アキ』って男は思い出せそうにない。引っかかる名前ではあるが、俺的にはどうでもいい人物なのだろう。

 だが『ルミ』は嫌でも思い出してしまう名前だ。そう、『黒崎瑠美』である。

 十年前、残酷ないじめを受け続けた黒崎は、ある日を境に学校へ来なくなった。


 いや、はっきり言う。『行方不明』となったのだ。

 彼女をいじめていた連中は、その時になって今更のように青い顔でうろたえ始めた。

 だが、俺は既に対策を練っていた。覚醒した俺ならいじめの隠蔽は可能だった。

 特に教師陣の協力を得られたのが大きい。己の保身だけを考える大人は、時に恐ろしい力を発揮するものだ。

 『いじめなんて無かった』。生徒を含めた全員で口裏を合わせた。


 学校の全ての人間の意志が一致していたようだ。本当にあいつの味方なんて、一人もいなかったんだ。

 結果、奇跡的に世間の目を欺く事に成功。本当にいじめは『無かった事』となった。

 これで終わり。『悪』は滅びた。完全なるハッピーエンドだ。

 ただ、うす気味悪い点も残っていた。


 『黒崎がどこへ消えたのか?』その詳細が最後まで不明だ。


 いじめで心が壊れた黒崎は、人知れず自殺をした。そんな説もあるが、違う。

 あの女は自殺なんてしない。本当は皆が気付いている。

 きっと黒崎は誰かに『殺された』んだ。

 いったい誰が黒崎を殺ったのだろう。いじめていた連中が、やりすぎて殺してしまった?

 でも、死体が見つからないのは妙だ。黒崎も言っていたが、高校生が殺人を隠蔽するなんて不可能に近い。


 青い顔をしてうろたえていた無能な連中に、そんな芸当ができるか?

 それとも、黒崎の予想をも超える『誰か』があの学校にいた?

 まあ、どうでもいいか。俺たちは誰も罪に問われなかった。それが全てだ。

 それより、この話にはまだ重要な『余談』がある。

 瀬戸と愛原だ。あいつらがどうなったのか?

 瀬戸の奴、愛原に告白をしたのだが、なんとフラれちまったらしいのだ。


 これは俺にとっても予想外だ。しかも、瀬戸はそれで『諦めた』。

 本人曰く『目が覚めた』『あの時の自分はおかしかった』『愛原さんには感謝しかない』とか。

 心を入れ替えて新しい恋を探す。あいつはそう言って去っていった。

 馬鹿な男だ。それと同時に、強く思った。


 愛原の奴、調子に乗りすぎじゃね?

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