経験値 7

 まずは協力者を探す。一人で黒崎を止めるのは不可能だ。

 そいつはすぐに見つかった。名前は瀬戸良太。いつも黒崎と愛原を目で追っていた奴だ。

 正直、戦力としては不安だが、下手に頭が回ったりするタイプよりは御しやすい。

 俺の勘は当たっていたみたいで、簡単な説得であっさり協力関係を結ぶ事ができた。しかも、危険な囮役を押し付ける事にも成功。


 これで瀬戸が失敗しても、俺に危険は及ばない。単純な奴は扱いやすくて実に便利だ。

 そこで気付く。俺、『そういう人間』を見つけるのが上手くなっていた。

 それだけじゃない。今の俺は自分でも驚くほど冷静で冴えていた。少し前の自分と比べると別人かと思えるほど成長している。


 ああ、そうか。俺、きちんと黒崎から学んでいたのか。『経験値』は得ていたんだな。

 その技術であいつを終わらす事になるなんて、皮肉な話だ。

 そして実行。瀬戸は思った以上にポテンシャルを発揮して、予想を超える成果を見せた。

 俺もいじめ動画の撮影に成功した。後はこれを拡散するだけだ。


「……っ!」


 だが、最後の最後、黒崎と目が合ってしまった。

 俺は急いでその場から逃げた。だが、もう遅い。確実に俺の裏切りは知られた。

 どうする? どう説明すればいい?

 いや、説明など無意味だ。きっとあいつは、俺の事を許さない。


「させるかよ」


 その前にこっちからあいつを終わらせる。もう止めるなんて言っている場合じゃない。

 徹底的に、黒崎を潰すんだ。

 俺は先制攻撃を仕掛けた。あいつが終わるような一手だ。

 『黒崎瑠美は虐待を受けている。あいつは親から溺愛はされていない。だから、反撃を恐れず、潰してしまえばいい』そんな情報もいじめ動画と一緒に拡散させる。


 これが信じられないほどうまくいった。こうして黒崎グループは崩壊。彼女の周りは全てが敵となった。

 そして黒崎瑠美は、かつての取り巻きからいじめを受ける事になった。

 それはあまりに凄惨な内容だった。トイレに連れ込んで水をかけたり、顔にモップを押し付けるような事までしていた。

 明らかに『度』を越えたいじめだ。


「…………」


 なんだこれは。俺はいつの間にこんなに『できる人間』になった?

 あのいじめ事件と黒崎による恐怖が俺を覚醒させたのか? これがあいつの言った『経験値』の効果?

 俺は既に黒崎を超えていた。俺があの女を破滅させたのだ。

 黒崎がふらつきながらトイレから出てくる。体中がびしょ濡れで、見ているこちらが辛くなるほど酷いありさまだ。


 周りの皆は憐れむような視線を向けている一方、『因果応報だろう』という視線も混じっていた。教師は全員が見て見ぬふりをしていた。

 そして俺は、そんな黒崎と目が合った。

 黒崎は周りの視線など見えていないかのように、俺だけを真っ直ぐ見つめて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 亡霊のように、怨霊のように、濡れた体を引きずるように、ズルズルとこちらに迫ってきて、そして……



「ね、ねえ…………どうして、なの? なんで、こんな……」



「うるせえ! このブスが! 自業自得だよ! 人の痛みを知らない悪魔めっっ!」


 俺は黒崎の声をかき消すように叫んだ。

 周りに聞かせるように、同意を求めるように、そんな意図も込めて、俺は叫ぶ。

 そうして、しばらく間があった後、俺の耳に入ってきたのは『拍手』だった。


「よく言った! 赤川君!」

「みんなが思っていた事を代弁してくれたよ!」

「赤川君って、よく見るとかっこいいよね!」


 生まれて初めて、聞いたことも無いような『絶賛』の言葉をかけられた。


「赤川君の言う通り、この悪魔は地獄へ落としてあげよう♪」


 そうして黒崎は、トイレという名の地獄へ、再び連れていかれた。


「…………はは、ははは」


 そんな黒崎を見た瞬間、俺の中で恐ろしいほどの『快感』が生まれた。

 ああ、そうだ。『経験値』だ。俺はこの感覚を求めていた。

 なあ、黒崎。お前には言ってなかったけどな。経験値は『強い敵』を倒すほど多く貰えるんだよ。


 愛原なんて小物じゃない。最上位にいたお前を潰すことで俺は最大の経験値を得たのだ。

 これで俺のレベルは大きく上がった。もう誰も俺の敵じゃない。これで目標は達成だ。

 だから、俺は知らない。最後にお前がすがるような、助けを求めるような目で俺を見ていたなんて、知らない。あんなのは気のせいだ。

 本当は俺を恨んでなんかいなくて、最後の最後まで俺の味方でいようとしてくれていたとか、そんなのどうでもいい。


 さようなら、黒崎瑠美。


 俺はその日以降、もう二度と屋上へ行くことは無かった。


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