経験値 6

「赤川君。キミさ、何か勘違いしてない?」


 だが、恐れていた事が、現実となった。


「急に……なんだよ」

「あたしとキミが釣り合うと本気で思ってた? つーかさ。キミ、あたしのレベルに合わせる努力した? してませんよね? ひょっとしてあたしの事、舐めてた?」

「そんなつもりは……俺はただ……」

「じゃあさ、あたしをイラつかせた責任、取ってよ」

「……何をすればいいんだよ」


「お金。明日から毎日持ってきてね。足りなかったら親の財布から盗むこと。万引きとかもしてもらおうかな。断ったら、怖いお兄さん達がキミに酷い事するから、よろしく♪」


「っ! お前、最初からそのつもりで!」

「ウケる! 今、気付いたの!? 頭悪すぎでしょ! あはははは!」


 笑いながら、黒崎が屋上を出て行く。

 俺は、あまりの悔しさに、地面を殴りつけた。

 ちくしょう! ……ちくしょうっっ!


 ×××


 そこで目が覚めた。全身が汗でびしょ濡れだった。


「夢かよ、くそ」


 今のは夢。俺の不安が形となって表れてしまったらしい。


 いや、本当にさっきのは、ただの夢か?


 これは予知夢じゃないのか? あいつは、ずっと心の中で俺をあざ笑っているのでは?

 それから数日、愛原に対するいじめは毎日続いていた。そろそろクラスの何人かは気付いているだろう。


 そしてそれが……いつ俺に向くか分からない。

 このままじゃ、取り返しの付かない事になる。そんな予感が頭をぐるぐると回っている。

 放課後となり、屋上へ向かうと、あいつは先に来ていた。


「おっす。遅いじゃん」


 俺は黒崎の挨拶も無視して、無言で隣に座る。怖くて、あいつの顔は見れない。


「ど、どうしたの? 顔色悪いよ? ……何かあった?」


 心配そうな声で俺の顔を覗き込もうとする黒崎。俺にはそれが演技に見えて仕方なかった。


「そうだ。じゃあそんなキミに、とっておきのプレゼントをあげよう」

「プレゼント?」

「へへへ~。これな~んだ?」


 初めて会った時と同じ屈託のない笑顔で、黒崎は『それ』を取り出した。


「………………注射器?」

「そう。いけない薬であり、危ない薬でもあり、気持ちよくなれる薬と言われる事もある。お金持ちのあたしは、こういった珍しい物も入手できるのだよ」


 何を……何を言っているんだこいつ。本気で、シャレにならない。


「もちろん、こっそりだけどね。バレたら大目玉だ」


 まるで子供が悪戯をするような表情。そんな彼女は躊躇なく自分に『それ』を打ち込んだ。


「あ~気持ち良くなってきた」


 この瞬間、俺の中の決定的な何かが、ガラガラと音を立てて崩れていく。


「ねえ、もっと気持ちいい事、したくなってきちゃったかも」


 とろけるような、誘うような表情で彼女が俺を見つめて来た。

 体が……勝手に……手を伸ばしてしまう。

 くそ! 無理だ! こんなの、逆らえる男なんていない!


「ただし、条件がある」


 しかし俺が伸ばした手は、同じく彼女の手によって制された。


「キミもこれ、使ってよ。あたしと同じになってほしい」


 渡されたのはケース。中には同じ注射器が三本も入っていた。

 ――人間、やめますか? なんて聞いた事のあるフレーズが、頭を駆け巡る。


「ひ……お、俺は」


「あはは! な~んてね。冗談だよ」


 そんな俺を見て、黒崎がからかうように笑う。


「でも、それはあげる。どう使うかはキミに任せる。その気になったら、相手もしてあげる。……ううん、キミがどうしても辛いなら、そんなの抜きで、いいよ」


 そうして照れたような目をした黒崎は、屋上を出て行った。


 ああ、ダメだ。限界だ。もう嫌だ。怖い。


 このままだと、俺が壊されてしまう。

 もう、終わりにしよう。俺は心の中で決心をした。

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