経験値 5

「はあ、はあ」


 屋上に来ても吐き気が収まらない。くそ、うっとおしい。

 その時、大きな音を立てて扉が開き、黒崎が入っていた。

 よく見ると、その顔は不快感に染まっている。

 な、なんだ? まさか、逃げた俺を責めに来たのか?


「失敗した」

「は?」

「あの子、最後まで土下座しなかった」

「なっ!?」


 嘘だろ。愛原の奴、なんで土下座しなかったんだ?


「殴っても、無駄だった。思った以上に強情だったみたいだ」


 手まで出したのか。それでも土下座しないとか、愛原も頭がおかしいのか?


「なあ、もう終わりにしないか?」


 俺は勇気を振り絞って、その言葉を口にした。

 瞬間、黒崎の蛇みたいな目がギロリと俺の方へ向く。


「あ、いや……その」


 全身から汗が噴き出す。でも、これは言わなければいけない。


「お、俺たちはターゲットを間違えた。このゲームは俺らの負けだよ」


 黒崎の目を見ていられなかった。今になってこいつが恐ろしい女だと気付いた。

 そんな黒崎は考えるように時間を置いた後、軽く息を吐く。


「そうだね。あたしたちは最も大事な部分でミスをした。このまま続けるのはリスクが大きい」


 分かってくれたか。よかった。

 元より無理がある話だったんだ。結局こんな方法で俺たちは幸せにはなれない。

 だが、いじめなんてしなくても、俺たちはきっと……



「でも、ごめん。あたし、もう少し続けてみるよ」



 しかし、黒崎瑠美は『楽しそう』にそんな事を言う。


「お前、なに言ってんだよ! これ以上は無意味だろ!?」

「なんかさ。もっと愛原ちゃんをいじめたら、『何かが掴める』気がするんだ」

「は? なんだそりゃ。何かって、目的でもあるのか?」

「目的……ね。強いて言うなら『死にたくない』かな」

「はあ?」


 意味が分からない。でも、こいつの顔は真剣だった。


「ねえ、キミはどうする? 一緒に続きを見届けてくれる?」

「ふ、ふざけんな! 誰が……」


 断ろうとした瞬間、またしても縛り付けるような黒崎の視線。

 目が……合わせられない。


「……お、俺も最後まで付き合うよ」


 言いたくも無い言葉が、勝手に口から飛び出た。


「いい答えだ。やっぱりキミって最高だね! ふふふ」


 心から嬉しそうな黒崎の声。その声で更に吐き気が強くなった。

 ああ、そうか。『吐き気の正体』が分かった。

 俺は愛原と自分を重ね合わせていたんだ。愛原は未来の俺の姿ではないのか?

 黒崎が俺に優しくしていたのは、全て作戦。俺もいつか、愛原みたいに……

 いや、余計な事は考えるな。今の俺はおかしいんだ。ぐっすり寝たら、いつもの俺に戻るはず。

 そうだ。今日はもう早く帰って、寝よう。

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