経験値 3
翌日の放課後、俺は再び屋上に来ていた。
暇つぶしを兼ねてラノベを読んでいると、黒崎が入り口から入ってきた。
正直、昨日の出来事は夢かと思ったのだが、違ったらしい。
「ん~? なに読んでんの~」
黒崎が俺の持っているラノベを奪う。この女、当たり前のように他人の物を取るよな。
それから彼女はパラパラとページをめくり始めた。
ちなに内容はラブコメ。俗に言うハーレム系である。
正直、作者の妄想を垂れ流されているようで気持ち悪いが、暇つぶしとして読む分にはありだと思っている。
「返す」
「あ、ああ。まあ、お前はこんなの読まないよな」
「ん? 全部読んだよ。思ったより面白いじゃん」
は? あの一瞬で全部読んだのか? この女、どういう脳の構造をしているんだ?
しかも、面白いとか。別の意味でこいつの脳を疑ってしまう。
「特に主人公君が鈍感すぎて笑えるでしょ。あれだけ告白されて、聞こえてないとか、めっちゃ面白いよね。あははは!」
ちょっと方向性のおかしい感想だが、本当にきちんと内容は把握していた。もはや天才とかそんなレベルじゃない。
本当に、なんでそんな奴と俺が一緒にいるんだか。
「でも、ヒロインの子はいいね。美人で勉強も運動もできて、完璧なのに、ちょっと性格は悪い。それでクラスの冴えない男子に恋をしてしまう。でも、少し幸せそう。あたしも自分を変えたら、そうなれるのかな」
それはこいつが初めて見せた憧れの表情だった。
「なんてね。現実はそうはならない。キミの言葉を借りると、だから『クソ』なんだよね。ま、自分が創作物の人物になれるとか思いだしたら、終わりだよね」
「……そうだな」
「んじゃ、『いじめ』についての話を始めようか」
そうして俺たちの『クソ』みたいな現実が始まる。『いじめ』という手段でしか何も満たせない腐りきった俺たち。
黒崎瑠美は、勉強も運動もできる完璧な美少女なのに、虐待によって歪められたその性格は、権力でしか誰にも受け入れてもらえず、嫉妬や悪意で汚れてしまった。
天使みたいな美少女に惚れられる事を夢見ていた俺の前に現れたのは、そんな悪魔みたいな女だったわけだ。
「いじめにおいて最も重要なのは『ターゲット』だ。ここを間違えると、いじめは高確率で失敗する」
「ま、気の弱い奴を狙うのは基本だよな」
「うん。でも、一番大事なのは『純粋で真面目な子』を狙う事だよ」
「真面目? 弱そうな奴じゃないのか?」
「ここで言う真面目は、酷い事をされた時『自分が悪い』と思うタイプ。真面目で頭が良い子ほど、自分で責任を感じるからハメやすい」
確かに。いじめってのは、相手に責任を押し付けるから成立する行為だ。
本来なら褒められるべき責任感の強さを悪意に利用する。まさにクズの手法だな。
「なんつーか。意外だな」
「なにが?」
「こんなにきっちり作戦を立てるって部分がだ。天才のお前は、全部感覚で決めるタイプだと思っていた」
人をいじめるという行為でここまで緻密な作戦を立てるのは俺たちくらいだろう。
「はっきり言うけど、あたしもキミもいじめに関しては『才能が無い』と言っていい。才能ある人が見たら、あたしたちのやっている事はおままごとだよ」
そうだな。黒崎はともかく、俺はいじめなんて一人で出来る自信は無い。
『才能』が……無いから。
「でも、才能が無くても、気持ちと理論があれば成功する。それをキミにも知ってほしい。ま、あたしが理詰め好きってのもあるけどね。その方が楽しいじゃん?」
『楽しい?』……違う。それはお前が天才だからだ。凡人にとって、努力はただ『辛い』だけだ。
凡人の俺には『喜怒哀楽』で言う『楽』なんて存在しない。努力なんて楽しめない。
それでも、ようやく本気でやりたい事ができた。どんなに辛くても、俺はこの『努力』を続けようと思う。
これを『なんでいじめなの?』とか『その努力を別方面に向ければいいのに』とか思う奴は『空っぽ』の恐怖など知らない恵まれた人間なのだろう。
そんな奴に俺の気持ちなど分からない。どんな事をしても『掴めるもの』を発見したのなら、それを全力で手に入れなければならない。
そうしないと、俺は永遠に負け犬だ。
『才能』を持つ黒崎がなんで俺の味方をしてくれるのかは、本当に分からない。
まあでも、今は捨て置く。化けの皮は、後でゆっくり剥いでやればいい。
「で、ターゲットに選んだのが、この子ね」
選ばれてしまった憐れな生贄は、クラスメイトの愛原だった。
「確かに、こいつならいけそうだな」
「うん。それになんかこの子『いじめて欲しそうな顔』をしてるし」
「なんだそりゃ。急にいじめっ子ぽい理屈になってきたな」
とりあえず、ターゲットは決まった。いよいよ本格的に俺の罪が動き出す。
「そうだ。目標を決めよう。これも重要だ」
「目標? いじめにそんなの必要か?」
「どんな事でも目標は大事。まずは簡単なものから……そうだね。土下座でもさせようか。それで勘弁してやればいい」
「勘弁? なんだ、土下座でいじめは止めてやるのか」
「とりあえずね。『経験値を稼ぐ』としては、最初はそれで終わるくらいが妥当でしょ」
土下座をすればいじめは終わる。それなら難しくないし、大事にならない可能性も高い。ちょうどいい塩梅なのかもしれない。
「でも、愛原はこちらが思う以上に傷つくかもな。……なあ」
俺は唾をゴクリと飲んで、聞いてみた。
「もし、愛原が自殺でもしたら、どうする?」
「そうなったら、それを大きな『自信』とすればいい。正真正銘『人を殺して経験値を得る』の達成だ。キミの努力は初めて報われる。もっとも、隠し通せたらの話だけどね」
「罪悪感とかは、無いのかよ」
「ん……あたし、そういうの分からないんだ。これで自殺ってのも本当に理解できない。ごめんね」
何故か『俺』に対して謝罪する黒崎。言っている意味が伝わっていない?
「殺人の隠蔽は難しいけど、自殺ならなんとかできる。安心しなよ。あたしは最後までキミの味方をする」
そして黒崎は今日一番の『笑顔』となった。
「大丈夫、きっとうまく隠し通せるさ」
「…………はは」
こいつ、きっと『人の痛み』が理解できないんだろうな。
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