経験値 2
「なあ、ちょうどゲーム機が二つあるんだ。対戦しようぜ」
「ん、いいよ。やろうか」
かかった。実は俺、このゲームは死ぬほどやり込んでいる。絶対に負けない。
ボコボコにしてやる。勉強でも運動でもこの女には敵わないが、ゲームなら話は別だ。
こいつが悔しがって地団太を踏む姿を拝んでやる。
初勝利に胸を躍らせながら、黒崎との対戦を始めた俺だが……
「ざけんな。クソが!」
結果は俺の惨敗だった。地団太を踏んだのは俺の方だ。
この女は俺以上にこのゲームをやり込んでいたのだ。
「あはは。残念だったね♪」
ケラケラと笑う黒崎。だから、天才は嫌いなんだよ。
「悔しい?」
そうして黒崎が俺の顔を覗きこんできた。
近くで見ると、本当に美人だ。
「近い。あんまそういう事すんな。お前は……その、なんだ。綺麗な顔をしているから、喋りにくくなる」
「え?」
動揺したような表情の黒崎。いつも余裕ぶっているこいつが初めて見せた顔であり、それは俺がどうしても見たかった表情でもあった。
「……それは、どうも。でも、あたしの事をブスって言ってる子も多いよ?」
「そんなもん、嫉妬に決まってんだろ。つーか、お前。分かって言ってるだろ」
「うん。知ってる。それでも……へへ、ありがと。ちょっと嬉しかったかも」
「…………」
なんだろう。こいつとの会話は悪くない。
波長が合うというやつだ。何気に俺たちはお似合いかもしれない。
………………でも、だから、なんだ?
例えばこれが漫画やアニメなら、幸せなラブコメが始まっただろう。底辺男子と、クラスでトップである美少女とのニヤニヤストーリーだ。
だが、俺と黒崎瑠美がそんな関係になれるはずがない。きっとこの女は、どこぞの金持ちの権力者とでも結婚するのだろう。
そして、凡人で『空っぽ』の俺は、恋人すらできないまま人生を終える。
これが現実。女なんて結局、金と権力しか見ない生物だ。この世に本当の『愛』なんて存在しない。
だからこそ、あえてもう一度言ってやるが、世の中は『クソ』なのだ。
「そういえば、さっき面白い事を言ってたよね。世の中はクソだっけ?」
ち、聞かれていたのか。
なら、ちょうどいい。こいつに俺の持論を聞かせてやる。
俺はさっきの『経験値』の話を説明した。人を殺しても、経験値は得られない。
つまり、努力は報われない。この天才にそれを分からせてやるつもりで、思い切り熱弁した。
「その考え方、間違っているよ」
「……ち」
そりゃそうだ。どう考えても、百歩譲っても、俺の考えはまともじゃない。
ああ、そんなのは知ってたんだよ!
それなのに、どうして俺はこの女にこんな話をした? ひょっとして、分かってもらえるとでも思っていたのか? 馬鹿馬鹿しい!
俺の『怒り』なんてどうせ『気持ち悪い』とか『努力の方向性が』とか言われて終わり……
「人を殺せば、現実でも経験値は手に入る」
「え?」
だが、返ってきたのは、俺が思う斜め上のものだった。
「だって、そうでしょ? 最初に人を殺す時と、二回目に人を殺す時なら、絶対に二回目の方がうまくやれる。きちんと成長はできるんだ。ゲームと同じだよ」
「でも、それだと、俺は警察に捕まって……」
「それは『ペナルティ』の話でしょ。ゲームでも間違ったやり方なら、ぺナルティを食らう。キミは『経験値』と『ペナルティ』を同じに考えている」
そんな考え方で来るなんて、思わなかった。
「逆に言うなら……」
黒崎がほほ笑む。
「ペナルティさえ避けられたら……つまり、人を殺しても、それがバレなければ、キミは大量の経験値だけを得ることができる」
その笑みは、さっきまでなら天使に見えたかもしれないが、今は悪魔のようだと思ってしまった。
俺の予感が的中するかのように、黒崎は続ける。
「ねえ、一緒にやってみない?」
「やるって、本気で人を殺すのかよ」
「それは無理。残念だけど、高校生のあたし達の能力では、殺人を隠蔽するなんて不可能だ。もちろん、失敗のぺナルティが大きすぎるってのもある」
「そうだよ、な」
「だけど、似たような事ならできる」
「似たような事?」
「はい、じゃあここで問題。学生のあたしたちができる、殺人じゃないけど、それと類似しているくらい相手を徹底的に打ち負かす手段はなんでしょう? ちなみに、多くの学校で『それ』をやっている人間は、少なくない。そして、本当に人が死ぬ時もある」
こいつが言いたい事に、気付きたくなかった。でも、気付いてしまった。
人として最低最悪の行為。俺が思い浮かぶ、ひらがな三文字の言葉。
「……………………いじめ」
「正解。これなら、学生であるあたし達でも成功率は高い。うまく出来たら、大量の『経験値』が得られる」
「いや、そんな事をしても経験値になんねーだろ」
「そうでもない。いじめは経験値になる。あたしの親が言ってたけど、学生時代にいじめをして、それを見つからずにやりきった人間って、社会に出たら成功するらしいよ」
「いじめをした人間が社会で成功? なんでだよ?」
「社会は競争だ。だから、学生のうちに相手を上手に蹴落とす手段を勉強すれば、それが後に武器となる。要領の良さを得られるって言えば、分かりやすいかな?」
明らかにおかしなことを言っている。でも、説得力もある……そう思ってしまう。
「実行するのはあたし。クラスの『地位』で考えたら、あたしが適任だ。悪いけど、今のキミの地位だと、不利だと言わざるを得ないね」
言われなくても分かっている。俺のクラスの地位なんて、下から数えた方が早い。
そんな俺が、どうして最上位であるこいつと、こんな話をしているのだろう。
「経験値は共有だ。成功したら、キミもきっと成長できる」
「それはさすがにおかしいだろ。俺は何もしてないぞ」
「最近のゲームは戦いに参加しない仲間にも経験値が入るよ。まあつまり、見ているだけで勉強になる事もある」
「どうしてお前が、そこまでしてくれるんだよ」
「キミが気に入ったから。って言ったら、信じる?」
あの黒崎瑠美が、俺を気に入った? そんな馬鹿な。
「もちろん、リスクも高い。失敗したら、あたしたちは仲良く終わりだ。どうする? 嫌なら、この話は無かった事にするけど」
断った方がいい。こんな話に乗る方が異常だ。
でも、俺はもう少しだけこいつと一緒にいたかった。だから……
「いいぜ。やってやる」
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