赤川大地

経験値 1

「世の中はクソだ」


 割と現代人の多くが耳にしているだろうその言葉を、俺こと赤川大地(あかがわだいち)もあえて口にさせてもらう。


 どこがクソなのかって? その理由はたった一つ。この世界は『努力が報われない』。


 俺がプレイしているゲームを使って説明しよう。


 ゲームは敵を倒せば『経験値』が手に入る。敵をたくさん倒せば、それだけ成長できる。

 これは『頑張った分だけ成果が得られる』と言い換えてもいい。素晴らしい。


 では、現実で同じ事をしたら、どうなるのか?


 例えば俺は今、屋上からグラウンドを見下ろしている。そこには陸上部の女子が練習に励んでいた。


 俺がその女を殺したとしよう。その場合、ゲームと同じように経験値が入るか?

 そんなはずない。経験値どころか警察に捕まって、その後はろくでもない人生を歩むだけだ。


 ほら、理不尽だ。せっかく敵を倒したのに、経験値も貰えない。努力が報われない。これが現実。


 だから、俺みたいな『空っぽ』の人間は、どれだけ努力しても無意味だ。ある程度ならそれなりに効果はあるだろうが、本物の『才能』には勝てない。

 やはり、現実も人生も、くだらないクソだな。



「あれ~。こんな所に人がいる。意外じゃん」



 その時、綺麗でよく通る声が聞こえてきた。


「く、黒崎瑠美!?」


 声の主を見て、思わず息を飲んでしまった。なんでこの女がこんな所に?

 この屋上は別に立ち入り禁止ではないが、人の出入りは少なく、俺の憩いの場だった。

 それがよりにもよって、この女に見つかるとか、最悪だ。


 黒崎瑠美。この女こそ全てにおいて才能の塊だった。俺が最も許せない人間だ。

 どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、成績でこいつには勝てなかった。いや、勉強だけならまだ許せる。スポーツにおいてもこいつは俺より上だったのだ。


「へえ。ここ、いい場所だね。大発見だよ」


 そうして俺の隣に座る黒崎。心地よい香りが鼻腔をくすぐる。

 この女は、容姿を含めた美的センスでさえ、誰にも負けない才能を与えられていた。


 一部でこいつの事をブスと言う奴もいるが、それは間違いなく嫉妬か、またはこいつが嫌いだからそう思いたいだけの妄言だろう。


 こいつは許せん女だが、俺は馬鹿じゃない。評価だけは正当に、かつ公平に行うつもりだ。感情だけで判断する愚かな人間になるつもりはない。


 まあ、満場一致で間違いないのは、こいつの性格は最悪って部分だ。

 天才がゆえに、才能が無くて苦しんでいる人の気持ちがまるで分かっていない。


「というか、なに居座ってんだよ。早く帰れよ」

「え~。あたし、家に帰りたくない系だし~」

「どういう系統だよ。絶対に家の方が居心地いいだろ。お嬢様はちやほやされるだろうしな」

「逆だよ。家なんて息苦しいだけ。あたし、養女だし。常に一番じゃないと、酷い事されるし」

「お前、養女だったのか。酷い事って、何されるんだよ」

「服を脱がされて、冷水ぶっかけられたりする」

「おまっ……それって」


 虐待ってやつじゃないのか!? こいつ、家だとそんな扱いを受けていたのか。


「というわけで、ここがあたしの安寧の地。これ、決定事項ね!」

「ここは『俺』の安寧の地だ。てめえのじゃねえ。勝手に奪うな」

「別にいいじゃん。じゃあ、共有でいいよ」

「よくねえよ。帰れ!」

「あ、それなに? ゲーム? こんなの学校に持ってきちゃって、いけないんだ~♪」

「聞けよ!」


 手に持っていたゲームを奪われてしまった。くそ、俺の恋人が……


「なんだ。RPGか。でも、これも面白いよね」

「お前、ゲームなんてやるのか?」

「へへへ~。これな~んだ?」


 黒崎がどこからともなく、同じゲーム機をもう一つ取り出した。

 おいおい。人にゲームの事を注意しておきながら、自分も持ってきてんのかよ。


「お前な。…………こんなの学校に持ってきちゃって、いけないんだ~♪」

「え? なにそれ。キモいんだけど」

「お前の真似だよっっ!」


 こいつ、本当に暴虐無人だな。なんつー我儘女だ。

 でも、なんだろう。実際に喋ってみると、意外と不快感はそこまで無い。

 本当は悪い女じゃないのかも?


 いや、友達も彼女もいない俺に免疫が無いだけか。女子とこんな話をするのは初めてだし。

 気にくわない。俺に話しかけていいのは、天使みたいな美少女だけなのだ。

 だから、俺はここで意地の悪い事を思いついた。

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