持つ者と持たざる者 2
昼休み、学食へやって来た僕は一人でテーブルに着く。
「はあ~」
そこで大きなため息。このままでは、いつまでたっても告白などできない。
少し話を戻すと『持つ』と『持たない』で言えば、愛原さんは圧倒的に前者。つまり『持つ』側の人間だ。
僕だけが分かる。愛原さんは絶対に『超人』レベルのスペックを持っている。ただの勘だが、これは確実に当たっている自信があった。
それでも、愛原さんはやり返さない。優しい性格だからだ。それがあまりにもどかしい。
もどかしいのは愛原さんを助ける事ができない自分に対しても……だ。僕に力があれば、何か一つでも『持つ』ものがあれば、踏み出す勇気が出るのに。
誰かが何とかしてくれる。そう思いたいが、現状で黒崎を止められる人間はいない。教師を含む誰もが自己保身の事しか頭にないのだ。
「よお、しけた顔してんな」
その時、一人の男子が正面の席に座った。
「飯、一緒にいい?」
考える前に僕は頷いた。急に話しかけられて、驚いてしまったのだ。
えっと。この人、誰だっけ? 確か名前は……
「赤川(あかがわ)……君」
「ああ、お前は瀬戸だっけか? よろしくな」
いきなりよろしくされてしまった。友達が一人もいない僕の心は今、戸惑いという感情で支配されている。
なんでいきなり一緒にご飯を? 友達いないからよく分からないけど、これって普通なの?
でも、赤川君だって友達が多いイメージではない。むしろ、一匹狼のイメージだ。
そんな彼がどうして僕と相席する気になったのだろう。席は……まあ、すいているとは言わないけど、別にどうしようもないほど混雑もしていない。
二人して無言でご飯を食べている。……なんだろう。この人、ちょっと怖い。
なにか話した方がいいのかな? なんて事を思っていると……
「なあ、瀬戸。黒崎瑠美についてどう思う?」
今度は突然質問してきた。しかも、僕にとってはタイムリーな話題だ。
「えっと。成績もトップだし、美人だし、みんなの憧れの……」
「本音で言え」
赤川君は真剣な目で顔を近づけて来る。周りに聞こえない配慮だ。
「……………………黒崎瑠美は、最低だと思う」
「だよな」
その答えに満足したのか、赤川君は両手を頭の後ろに組んで椅子へもたれかかる。
「愛原については、どう思う?」
今度は愛原さんについて聞いてきた。それに対する僕の答えは一つ。
「可愛いよね!」「可哀そうだよな」
互いの声が重なった。
「え?」「は?」
そして二人して眉を顰める。
しまった。余計な事を言った。
「お前。まさか、愛原が好きなのか?」
「う、うん」
ここまで来たらもう誤魔化せない。認めた方が話は早い。
「そうか。でもお前、その割に何もしていないよな。助けようとしたのを見た事も無い」
「くっ!」
あまりの正論。僕は悔しさから、拳を深く握りしめた。
「あー落ち着け。悪かった。別にお前を責めに来たわけじゃない」
「いや、君の言う通りだ。僕は好きな人を助ける勇気すらない」
「そう自分を卑下するな。もう一度言うが、お前を悪く言うつもりは無い。むしろ、いい判断じゃないか。お前が一人で突っ走った所で、黒崎はどうにもならんさ」
確かに。あの黒崎を相手にして、一人で立ち向かえるとは到底思えない。
「でも、二人ならどうだ?」
「え?」
その時、赤川君から意外な言葉が出た。
「俺たちが二人で黒崎を止めるんだ。愛原を助けてやるんだよ」
「ど、どうやって?」
「簡単だ。動画を撮るんだ。愛原がいじめられている証拠を撮影して、それを拡散すれば黒崎グループも止まる。二人いれば、それが可能だ」
赤川君の話によれば、黒崎は決まった場所でいじめを行うタイミングがあるらしい。
場所は体育倉庫。そこには目立たない所に窓がある。
その窓を予め開けておいて、外からこっそり動画を撮影する。
一人だと確実に気付かれてしまうが、もう一人がうまく注意を引き付ければ、実現は可能だとか。
「安心しろ。愛原に害が無いようにうまく編集する。そこは俺の腕を信じろ」
黒崎のいじめを拡散するだけで、愛原さんがいじめられている部分は上手に隠すとの事だ。
とにかく、僕が求められているのは……
「注意を引き付ける役……か」
「そうだ。これはお前にしかできない。お前が目立つ役だから、ちょうどいいだろ。成功したら愛原に告白でもしてやれよ。きっとうまくいく」
僕にしかできない。空っぽで何も持たない僕でもやれる事がある。だったら……
「分かった。やるよ」
「よし、決まりだ」
赤川君は満足そうに頷いた。
「ねえ、どうして赤川君は僕に協力してくれるの?」
「俺にも目的がある。黒崎を止めたいんだ」
「止めたい?」
「ああ」
その時、赤川君は何とも言えない複雑な表情をしていた。
彼と黒崎がどういう関係なのかは分からない。ただ、普通じゃない特別な感情があるのは、なんとなく想像がついた。
とはいえ、僕たちはただの協力関係だ。込み入った話を聞くのは、全てが終わってからでいいだろう。
言えるのは一つだけ。僕は一世一代の大勝負に出る。
それはある意味、場をわきまえない無謀とも言える戦いだ。
果たして持たざる人間の僕が……空っぽの僕が、全てを持つ黒崎に勝てるのだろうか。
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