第28話 送迎

 七十代の男性目黒さんは、六十五歳で長年勤めていた建設会社を定年退職した。

 ゆっくり悠々自適に老後を過ごす……とはいかず、年金だけでは生活費が心許なく、新しく働かせて貰える職場を探すことになった。

 年齢が年齢だけに職探しは苦労した。結局唯一雇ってくれたのが警備会社だった。

 目黒さんはそこで工事現場のガードマンとして働くことになった。

 

 会社から指定された工事現場に原付バイクで向かう。

 目黒さんにあてがわれる現場は、舗装工事や、水道管の取替え工事、電線の補修工事など、道路に一日中立って交通整理をする現場がほとんどだった。

 真夏の暑い日は炎天下の中でも長袖で生地の厚い制服を着て汗だくで仕事をしなければならないし、凍える真冬の寒い日には冷たい木枯らしに長時間吹かれ続けて体が氷のように冷える。

 その仕事は定年をすぎた老体にはとても過酷だったが、それでもこの年齢で今でも社会の一員として役にたてているという実感はやりがいにもなった。

 だから決してこの環境が辛くて辛くて仕方ないという訳ではなかったそうだ。


 とある日。

 目黒さんはA市の二車線道路での水道管取替え工事の現場に派遣された。

 工事の範囲は十メートルほどで規模は小さかった。

 片側一車線を潰しての作業となる。工事の範囲だけ対向する車両がすれ違うことが出来ないので、車両がバッティングしたときに目黒さんが誘導して、安全に行き来できるようにするのだ。

 交通量はとても少ない道路だったので目黒さんが一人で担当していた。

 午後十四時くらいだった。赤い誘導棒を持って車がこないか見張っていると、一台のマイクロバスがやってきた。

 対向する車が来ないため、目黒さんは赤い誘導棒を振って、そのまま通行しても大丈夫だという合図を出した。

 マイクロバスが少しスピードを落として目黒さんの横を通りすぎる。

 車体の側面に赤い文字で〈極楽温泉ゆったり庵〉と書いてあった。健康ランド、スーパー銭湯の送迎車だろうか。

 後部座席には客と思われる年配の男性が一人だけ座っていた。

 目黒さんはその男性の顔を何気なく見た瞬間に、目玉が飛び出そうになるほど驚いた。

 その男性は一年前に亡くなった友人の望月さんだったからだ。

 遠くなっていくマイクロバスを見送りながら、目黒さんは狐につままれたような気分になった。

 他人の空似か?そう思った。

 でもあれは間違いなく望月さんだという確信を目黒さんは何故か持ったという。


 望月さんは働いていた建設会社の同僚だった。

 同世代でもあり、細かい事は気にしないおおらかな性格が似ていて、とても馬があった。

 お互い大の競艇好きであり、応援している野球チームも一緒だった。

 競艇の場外舟券売り場に一緒に行き博打を打ち、その後テレビを見ることが出来る居酒屋で酒を飲みながらナイターを見た。当たらない舟券と不甲斐なく負ける応援している野球チームへの愚痴がなによりの酒の肴だった。

 仕事でもプライベートでも心から信頼できる良き友人だった。

 しかしそんな望月さんも癌に侵された。

 気づいたときにはステージ4の末期だった。

 最後まで明るく生を謳歌しようと頑張ったが、ついには力尽きて帰らぬ人となった。

 目黒さんは葬式で柄にもなく号泣してしまったという。

 だからそんな望月さんの顔を見間違えるはずはないと目黒さんは思った。


 それから数ヶ月後の休日、目黒さんはとある駅のロータリーに、あの〈極楽温泉ゆったり庵〉のマイクロバスが止まっているのを発見した。

 後部座席を見たが客は一人も乗っていない。

 駅前のパチンコ店で暇を潰す予定だったが、目黒さんは予定を変更してマイクロバスに乗り込んだ。

 〈極楽温泉ゆったり庵〉はどんな所なのか見てみたい。それにたまにはゆっくりと温泉に浸かってのんびりするのも悪くないだろう。そう思った。


 目黒さんが乗り込んでから五分ほどたった時、扉が閉まりマイクロバスが動き出した。結局マイクロバスに乗り込んだ客は目黒さんひとりきりだった。

 しばらくバスに揺られていると、目黒さんを睡魔が襲う。うつらうつらと首が揺れて意識が飛びそうになる。

 ついには意識を失った。深い眠りに落ちた。


 ふと目黒さんは目を覚ました。そして体を起こし辺りを見回した。

 そこには暖かい温泉など無かった。

 あるのは墓石ばかりだった。

 どこかの霊園の通路に倒れて目黒さんは眠っていたのだ。

 目黒さんはその霊園に見覚えがあった。

 望月さんが埋葬されている霊園だった。

 目黒さんが倒れていたのはちょうど望月さんのお墓の目の前の通路だった。


 目黒さんは再び狐につままれたような気持ちになってしばらく呆然とするしかなかった。

 しかし、しばらくぼうっとしていると、なぜだか心の底から笑えて笑えて仕方なくなって、顔がにやつくのを堪えられなかった。


「望月コノヤロー。俺をからかってんじゃねぇぞ。俺をお迎えにきたつもりか。俺はまだまだくたばらねぇよ!」

 そう心の中で悪態をつきながら目黒さんは望月さんのお墓に手を合わせた。

 そして煙草を一箱お供えして、霊園から意気揚々と帰ったそうだ。


 それ以来、あのマイクロバスを見かける事は一度もないという。

 

 

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実話怪談アルバム 霊和 かわしマン @bossykyk

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