第27話 責任感

 三國さんが会社帰り、最寄り駅から自宅まで歩いていると奇妙な出で立ちの男性と遭遇した。


 灰色のスラックスを履き、上半身は黒いジャンパー。その上から工事現場の作業員が着るような安全チョッキを羽織り、さらに手には黄色い旗を持った年配の男性が、交差点の歩行者用信号の下あたりの歩道に立っていた。

 その格好から察するに、登下校中の小学生たちの安全を見守るボランティア活動をしている人だろうか。

 しかし、もう少しで日付が変わろうかという夜も遅い時間。当然小学生はおろか、付近を歩いている人もほとんどいない。

 そんな時間にその格好で交差点に立っているのは明らかに変だった。

 常にどんな時でも好んでその格好をしている人だという可能性もあるが、常識的に考えればそんな人はいないだろう。

 もしかしたら認知症の人かもしれない……。

 それならば保護しなくては。そう考えた三國さんはその男性に近づき話しかけてみる事にした。


「あのう、すいません」

「私のせいで……私のせいで……」

「大丈夫ですか?」

「私のせいで……私のせいで……」


 三國さんが何を話しかけても、その男性は下をうつむき三國さんの存在に気づいていないかのように、「私のせいで……私のせいで……」とただ呟くばかりだった。

 

 埒が明かない。とりあえず警察に通報した方がいいかと三國さんが考えていると、一台の車が猛スピードで交差点に近づいてきたのが分かった。三國さん達がいる歩道側の車線だ。

 その車が対峙する信号は青だ。車はスピードを落とさずに交差点に侵入してくる。

 その時、年配の男性が歩道から車線に飛び出した。

(轢かれる!)

 三國さんは慌てて男性に手を伸ばしたが届かなかった。男性と車が衝突したのが見えた。

 だがしかし、衝突音は聞こえなかった。

 車は何事もなかったように男性の体を通りすぎた。

 男性は怪我ひとつなく車道に立っていた。そして下をうつむきブツブツと「私のせいで……」と呟き続けていた。

 その姿を三國さんが呆気に取られながら見つめていると、男性はすっとその場から消えた。

 自分が話しかけていたのは幽霊だったのだと気づいた三國さんは、全速力で自宅へと走った。


 家に帰ると奥さんがまだ起きていた。

 三國さんは帰り道に見た幽霊の事を奥さんに話した。

「あの交差点で三日前に事故があったの。四年生の子が無理な横断して車とぶつかったんだって。幸い軽い怪我だけで済んだんだけど。いつもいる見守りボランティアのおじいさんがその日はいなかったのよ。前日に体壊して入院したから」

 奥さんはそう教えてくれた。続けて奥さんは、三國さんが見たのは、その入院したおじいさんなんじゃないかと話した。なんとなくそんな気がするということだった。


 その入院したおじいさんは、娘の同級生の祖父、向島さんだという。

 入院している病院を教えてもらい、三國さんは後日お見舞いに行った。

 もし本当にあの夜見たのが、入院している向島さんの生き霊ならば、その事をきちんと話してあげた方がいいと思ったからだ。きっと何か苦しんでいることがあるのかもしれない。


 向島さんがいる大部屋に行く。入院患者の人たちの顔を見回すと、すぐに誰が向島さんか分かった。あの夜交差点で見た男性と同じ顔があったからだ。

 突然の訪問に向島さんは戸惑っていた。三國さんは丁寧にあの夜見たことを説明した。

 すると向島さんは驚きながらあの夜の事を話してくれた。

 ちょうど三國さんが交差点で向島さんの生き霊に会った時間帯、向島さんは夢を見ていたそうだ。夢から覚めた後に時計を見て時間を確認したから、時間帯はおそらく合っているということだった。

 いつも立っている交差点で子供と一緒に車に轢かれる夢だったという。車線に飛び出した子供を止めようとして後を追いかけたが間に合わなかった。そんな悪夢だったそうだ。

 

 三國さんは向島さんの生き霊が「私のせいで……」と呟いていた事を告げると、向島さんは、

「四年生の子が車とぶつかった事を聞いて、私が入院せずに交差点にいたら防げたんじゃないかと悔やんでるんですよ。役割を果たせなかったって。その気持ちが出ちゃったのかねぇ」

 そう言って溜め息をついた。


 その後しばらく三國さんは向島さんとたわいもない世間話をした後、病室を後にした。

 別れ際、向島さんは「来てくれて、話してくれてあ

りがとうね。生き霊飛ばさんように思い詰めないようにするわ」と言って笑っていた。

 

 結局向島さんはその後病状が悪化し、退院することなく亡くなったそうだ。


 向島さんの責任感の強さは少し見習いたい。そう三國さんは思っているという。


 今は新しいボランティアの年配男性が、あの交差点で子供たちを見守っている。

 


 


 

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