第26話 なぐさめ草

 間宮さんという四十代の男性会社員の方が体験した話。

「転職した三十二歳の時が人生で一番きつかったです」

 間宮さんは新卒で入社した会社では経理の仕事をしていたが、そこを辞めてまったく畑違いの業種に飛び込んだ。

 住宅リフォームの営業だ。

 しかし入社して半年経ってもまったく結果が出ない。靴の底が剥がれるまで歩き回り、何度頭を下げても一件の契約も取れなかった。

 最初は優しかった上司や先輩も、次第に間宮さんに対して冷ややかな態度になっていった。それどころか「どんだけ無能なんだお前は!」と怒声を浴びせられるようにもなった。

 契約をなんとか勝ち取るためプライベートも犠牲にしていたので付き合っていた彼女にもフラれた。まさにどん底だった。

 

 その日も間宮さんは、とある地域にある家々を一軒一軒訪ね営業をかけていた。しかしまったく手応えがない。

 疲れ果てた間宮さんは徒歩で移動中、路上の隅にへたりこんでしまった。その時目に留まった物がある。道路のアスファルトの細いひび割れから伸びた、一本の草だった。

 なんという種類かは分からないが、青々とした葉を真っ直ぐ天に向かって大人の膝丈ほどの大きさまで伸ばしていた。


「そんなちょっとしたひび割れからでも頑張って芽を出してたくましく育ってるその草の姿見たら、お前も頑張れよってなんだか励まされてる気がして……」

 

 間宮さんの目からボロボロと涙が出てきた。

 涙を流しながらその草をじっと見つめていると信じられない事が起こった。

 草が一瞬で背丈をさらに伸ばしたのだ。そして間宮さんの方へと葉を垂れ下げると、間宮さんの頭をポンポンと二回叩くように頭上で葉がバウンドした。


(え? 頭ポンポンされた? ひょっとして草が慰めてくれてる?)

 

 間宮さんがそう思った瞬間、耳元で「もう楽になっちゃえよ」としわがれた声が聞こえた。

 間宮さんが呆気に取られ呆然と座り込んでいると、一人の老婆がどこからかやってきて、その草を思い切りむしり取った。

 すると間宮さんに向かって「変な物が草にも宿って取り込もうとするんだよ。あんた励まされてたんじゃなくて誘われてたんだよ」そう言った。

 老婆はむしり取った草をズボンのポケットに入れると「ここに落ちたんだよ。あんたみたいなノイローゼの会社員が」そう言ってそこから立ち去った。

 

 間宮さんが上を見上げるとそこには高層マンションがそびえ立っていた。

 間宮さんはそこから一目散に逃げ出し、次の日には会社に辞表を提出した。

 

「それ以来、立派に育ってる草や木の葉っぱを見るとなんだか怖いんですよね。その生命力が逆に」


 間宮さんはその後、運送会社で働き始めた。メンタルは安定しているそうだ。 

 

 

 


  


 

 

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