第22話 予知夢めいた物

 三十代の女性、大森さんが最初に予知夢めいたものを見たのは小学六年の運動会の前日だった。

 クラス対抗リレーのときに渡されたバトンを落とす夢だった。

 翌日、実際に大森さんは手を滑らせてバトンを落とし、その結果クラスは最下位に沈んでしまった。

 車で追突事故を起こす夢を見た翌日、実際に事故を起こした。

 旅行で訪れた那須のホテルで吊り橋の上からスマホを落とす夢を見た翌日、実際に訪れた吊り橋から手を滑らしてスマホを落とした。


「ある時こう思ったんですよ。予知夢を見てるんじゃなくて、自分の方から、見た夢に合わせた行動をとってるんじゃないかって。どれも自分があともう少し注意してれば防げてたって気もするし」


 ある日、大森さんは不思議で、とても不気味な夢を見たという。

 それはこんな夢だ。


 どこかの街の住宅街にある廃屋に大森さんは入って行く。

 バラバラに崩れた木製のテーブルの残骸。散らばった新聞紙。割れたガラス窓の破片。その割れた窓から吹き込んだらしい、ざらついた砂。

 それらが床に不規則に、しかし何か最初からそうなるべくしてなったかのような説得力を持って散らばった広い洋室。

 その一番奥に大きくて白い何かがある。

 それに向かって大森さんは歩いていく。

 大きな真っ白いシーツを全身に被った、人間らしき誰かが椅子に座っていた。

 大森さんは床に落ちていたマジックを手に取ると、その真っ白いシーツを全身に被った人間らしき誰かの上部に〈へのへのもへじ〉で顔を書いた。

 すると声がした。

 目の前の〈へのへのもへじ〉が低くく、囁くような声で喋り出す。


(君の運命はね、僕が全て握っている。そうやって僕の顔を書くことも事前に僕が決めていたことなんだ)


 そこで目が覚めたという。

 全身に汗をびっしょりかいていた。


 その翌日、大森さんは友人と待ち合わせをしていた街で道に迷った。

 集合場所よりかなり早く着いてしまったので、時間を潰すためにその街を散策していたら、自分がどこにいるのかが分からなくなってしまった。

 スマホのGPSを頼りに、見慣れない風景の中を歩いていると、見覚えのある住宅が目に留まった。

 昨日夢で見た廃屋だった。


「自分でも不思議なくらい、当たり前のようにその廃屋に足が向かっていました」


 玄関らしき場所から上がり、すぐ左を見ると夢で見たあの部屋だった。

 奥にいた真っ白いシーツを全身に被った誰かはいなかった。

 しかし椅子はある。

 大森さんは吸い寄せられるようにその椅子に向かった。

 椅子にはノートが置いてあった。そこにはこう書かれていた。


(さぁ、僕の顔を書いて!)


「夢で聞いたあの言葉を思い出したんです。運命は全て僕が握ってるって?はぁ?冗談じゃないってムカついてきて」


 もう見た夢に自分を合わせるのはごめんだ。私の運命は私が決める。


 大森さんはノートを床に叩きつけると足でそれを何度も踏み潰した。

 心の中で「顔隠してないで、シーツ脱いで顔見せてみろ!」と叫んだ。

 そして、そのままその廃屋を後にした。

 友人とは無事合流できた。

 おしゃれなカフェのランチを楽しんだそうだ。


 それ以来、予知夢めいた物は見なくなった。

 ただ、誰かが後ろをついてくるような気配を時おり感じるようになったそうだ。

 そのときは決まって、視界の隅に白いシーツのようなものがちらつくという。




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