第19話 正統派呪物件
地名が少しでも特定出来てしまうような情報はいっさい書かないよう念を押された話である。
大学生の男性、根本さんの実家の近所には地元の人しか知らない「いわくつきの土地」がある。
根本さんは大の怪談好きである。
地元の怪談を方方から聞き集めていた中で、その土地にまつわる話を、大変話し好きで口の軽い近所の年配の男性から仕入れた。
その土地は今は更地で、名の知れた不動産会社が管理しているという。
何も知らなければ、そこがいわくのある土地である事などまったく思いもよらないほどに地元の日常風景にすっかり溶け込んでしまっている。
根本さんも何も知らずにその土地の側を何度も自転車で通っているそうで、初めてその土地の話を聞いた時には大変驚いたという。
かつてそこには二階建ての一軒家が建っていた。
古くからその土地に住んでいる家系の、当時の世帯主であった男性が平成の初期に、それまで住んでいた古い家屋から新しく建て変えた家だった。
その家には世帯主である男性とその妻。どちらも男子の中学生と小学生の子供二人。そして世帯主の男性の母親である老婦人という構成の五人家族が住んでいた。
世帯主の男性はごくごく普通のサラリーマンだったようだ。
家族間の仲も良く、家族皆連れだってよく外出している姿も目撃されていた。
しかし、新しい家に住み始めてから半年ほどたった頃、一家心中事件が起こった。
世帯主の男性が、妻、二人の子供、母親の全員を包丁で刺し殺した後に首を吊って自殺したのだ。
家族を知る人たちは皆、なぜあの家族がそんな事になってしまったのかと首を傾げたという。
世帯主の男性の仕事、会社での立場も順調そのものだったそうだし、精神疾患や、重い体の病気を患っていたという話も無かった。
他の家族に何か問題があったのかといえば、そういった事に関する些細な噂すら経たないほどに幸せな家庭だと周囲に認識されていた。
何より事件が起きるほんの数日前に家族全員仲睦まじく外出する姿を近所の人達に見せていた。
何か良くない物に突然取り憑かれてしまったのではないか。皆そう思ったそうである。
そんな風に思うのは、まったく理解の出来ない事に対して、なんとか理由を探したいがための妄想めいたこじつけでもあるだろう。
しかし、それは妄想では無かったのかもしれない。
主を失った家と土地は世帯主の男性の弟が一旦は相続した。
しかしすぐに今も管理している不動産会社に売却された。
そして、その不動産会社の管理の元、家はお祓いを済ませた後、賃貸物件として新たな住人を探す事となった。
三十代の夫婦が月日もあまり経たないうちに入居した。
しかし約一年後、その夫婦も揃って首を吊ってしまったそうだ。
不動産会社は一度目よりさらに大がかりなお祓いを敢行した。
これで大丈夫だろうという事だったのか、また新たな住人を探す事となった。
程なくして独身の四十代の女性が入居した。
しかしその女性もまた、半年も経たないうちに首を吊ってしまったのだ。
結局、家は取り壊され更地になり、土地だけが売りに出させる事となった。
そしてそれから買い手は一度も見つかる事なく現在に至っている。
この土地は少なくとも大正時代から人が住んでおり、最初に一家心中事件が起こるまで、何もおかしな事は起こってはいないのだという。
この土地自体に昔からのいわくがあるという事ではなく、問題は平成初期に新たに建てられた家にあったと考えるべきだろう。
使用された木材が呪われた物だったとか、井戸を埋めた影響ではないかとか、様々な憶測や噂が地元では飛び交っていたようだ。
しかし二度のお祓いもまったく効果のない程の強力な呪いは、何が原因で誘き寄せられた物なのかは結局分からず仕舞いのままなのである。
家は取り壊されたが、強力な呪いの力がまだ土地になんらかの影響を及ぼすのか、更地になった今でも、その土地でおかしな物を目撃したという証言がいくつも伝わってくるのだと根本さんは言う。
しかし、それは人魂が飛んでいたとか、一家心中した家族の幽霊を見たとか、そういった分かりやすい心霊現象ではない。
深夜にピエロの格好をした大男が子供用の三輪車を必死に漕いでいただとか、カラス数十匹が十文字に綺麗に並んで佇んでいただとか、チェーンが外れ、前籠の中に大きなコケシが入れられた壊れかけの錆びた自転車が定期的に放置されているなどといった、心霊現象や怪奇現象などと呼ぶ事を躊躇するかのような奇妙な物ばかりなのだ。
根本さんもその更地でおかしな物を目撃した事があるという。
夜の二十時頃、根本さんは大学からの帰宅中、自転車に乗って移動しているときに、小ぶりな花火が打ち上がるのを見た。
うっとりする程にとても綺麗な花が夜空に咲いた。
しかし花火シーズンである夏はとうに過ぎた十月だ。
花火を打ち上げるようなイベントがあるという話しも聞いていない。
しかも打ち上げている場所は住宅街の只中である。
こんな所で花火を打ち上げるだろうか。
誰かが個人でお祝い事として打ち上げたのか。
どうも打ち上げている場所はあのいわくつきの土地がある辺りからだった。
「もしかして…」そう直感が働いた根本さんはあのいわくつきの土地まで行ってみる事にした。
自転車を漕いで向かう途中にもまた花火が打ち上げられ夜空に咲いた。
しかし、人通りもそれなりにあるのに根本さん以外の誰も花火に見向きもしていない。
花火が見えているのは根本さんだけかのようだった。
いわくつきの土地にたどり着き様子を伺う。
そこには誰もいなかったし、何もなかった。
〈売地〉という文字と不動産会社の名前と電話番号が書かれた小さな看板が寂しく立っている更地が、いつも通りにただ広がっているだけだった。
何もなかったかと諦め根本さんが帰ろうとしたとき、小さく薄いオレンジの光が更地に灯るのが見えた。
その光はうねうねと蛇行を始めた。
出鱈目に曲線を何度も何度も光は描く。
気づくと三分ほど経過していた。
三分間、根本さんはずっと光の蛇行から目が離せなかった。
突然、光は蛇行するのを止めた。
そして光はパッと一瞬にして消えた。
その数秒後。
根本さんの頭上が明るくなった気がした。
見上げると綺麗な花火が打ち上がっていた。
その時、根本さんは初めて気づいた。
この花火、まったく音が鳴っていなかったのだと。
根本さんはなんだか怖くなって急いで逃げ帰ったという。
家族や地元の友達に聞いても、誰もその日に花火が打ち上がっていたのを見た人はいなかったそうだ。
さてそのようなおかしな現象が起こり続ける土地だが、最近になって〈売地〉と書かれた看板が撤去されたようだ。
買い手が見つかったらしい。
根本さんが聞いた所によると、各地の土地を爆買いしている中国人の男性が買ったそうだ。
今後このいわくつきの土地がどうなるのか。それを根本さんはずっと見守り続けるという。
新たな動きがあれば連絡をくれるそうだ。
面白いネタを提供してくれるのはありがたいが、これ以上死人が出ない事を祈っている。
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