第12話 私綺麗?

 都内に住む女子大生の田倉さんが、日曜日の夕方、友人とお茶をした新大久保のカフェからの帰宅中に体験した出来事だ。


 最寄り駅から自宅までの道のりを田倉さんは一人で歩いていた。

 もう少しで自宅にたどり着くかという所で、街灯の柱に寄り添うように、真夏だというのにトレンチコートを着た、髪を腰まで伸ばした長身の女が立っているのが前方に見えた。

 人通りがほとんどない静かな住宅街で雰囲気は暗い。

 一瞬不気味に思い、側を通る事を躊躇したが、自宅まであとほんの少しの所まで来て遠回りする事の方がかえって気が引けた。

 なるべく距離を取って急いで通り過ぎよう。そう思った。

 

 少し歩みを早めて女の横を通り抜けようとした瞬間、女が凄いスピードでが田倉さんの前に立って行く手を阻んだ。

 女の顔は長い髪で隠されていて見えない。

「ねぇあなたに聞きたいことがあるの?私綺麗?」

 そう言って女は髪を両手で真ん中から掻き分け顔を見せた。

(で、出た!口裂け女!ほんとうにいたのか!)

 田所さんはそう心の中で叫びながら女の顔を見た。

 しかし、女は口裂け女ではなかった。

 裂けるべき口がなかった。それどころか鼻も目も眉毛もなかった。

 のっぺらぼうだった。

 スピーカーのように顔全体から声が鳴り響いてきた。

「ねぇ私綺麗?ねぇ綺麗?」

 そう聞いてくる女に対して何と言えばいいのか、田倉さんは答えに窮した。

 なにせ、口も鼻も目も眉毛もないのだ。綺麗かと聞かれても答えようがない。

 しばらくグルグルと頭を回転させたあと、苦し紛れに田倉さんは女にこう言った。

「お、お肌が綺麗ですね…。お肌がとても綺麗です!ツヤツヤです!」


「お肌が綺麗?本当に?嬉しいいいい!」


 そう言ったあと女は、大声で笑いながら凄いスピードで走ってどこかへ行ってしまったそうだ。



 

 

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