第11話 強制終了
〈せっかくの料理だけど盛り付けが汚すぎて全然美味しく見えないですね〉
〈もうちょっと痩せてからその服着てね〉
〈ハゲがなに言っても説得力ないから(笑)〉
と、ここまで書いてきたのは、曽我さんと言う三十代の会社員の男性がSNS上で書き込んできた罵詈雑言、悪口、誹謗中傷の書き込みの一例である。
一時期、曽我さんは見境なく足上げを取れそうな投稿を見つけては、冒頭に書いたような悪質なメッセージを送り続けていたそうだ。
別に誰でも良かったそうである。
メッセージを送った相手に対する深い感情などなく、ごくごくカジュアルに、言葉は悪いが「楽しんでいた」のだ。
送られた相手方からすれば迷惑極まりないのだが…。
他に趣味と言える趣味もなく、SNS上でそのような悪行に及ぶのが唯一の趣味となっていた。
相手より優位に立った気がして気持ちが良かったし、何よりお手軽に日頃の憂さを晴らせた。
相手がムキになって反論してきた事もあったが、何か自分が人に強い影響を与える事が出来た気がして、むしろ誇らしい気持ちにさえなったという。
しかし、ある出来事からそんな行為も強制終了させられる事となる。
とある月曜の夜の事だった。
会社からの帰宅中、都内を走る電車内で、長椅子の真ん中あたりに曽我さんは座り、スマホとにらめっこしながら、いつものようにその日の憂さ晴らしの相手をSNS上で探していた。
すると向かい側の椅子に座る中年の女が、通路で吊革に捕まる乗客と乗客の間の隙間からこちらに強い視線を送っているのに気づいた。
ヨレヨレの、色がくすんだグレーのトレーナーにジーンズ姿で、髪を後ろでひとつに束ねた、くたびれた主婦が部屋着のまま外に出掛けてきたといった風情だった。
(何見てんだよ気持ち悪い…)
そう思いつつ、無視してスマホを眺めているとその女はおもむろに立ち上がり、曽我さんの目の前に立った。
そしてバッグの中から白くて丸い物を取り出すと、それを手のひらに乗せて曽我さんの眼前に突き出してきた。
「あんた。そんな事ばっかりやってちゃだめよ。いつか事切れるよ」
そう言うと、手のひらの白くて丸い物を曽我さんに向かって投げた。
思わず反射的に曽我さんはそれをキャッチした。
何か柔らかくブヨブヨした物をティッシュで包んで丸めた物だった。
曽我さんは見上げて女の顔を見た。
目を閉じ、声には出していないが、何事かをブツブツと呟いていた。
曽我さんはその状況に耐えられずに、逃げるように立ち上がり車両を移動すると、次に停車した、目的地でもなんでもない駅で電車を降りた。
手の中には女から手渡されたあの謎の物体があった。
曽我さんは駅のホームに立ったまま、ティッシュを広げて中身を恐る恐る確認した。
腐って緑に変色した生肉だった。
悪臭が鼻をつく。
(いったいの何の肉だよ!)
曽我さんは急いで駅のホームに設置してあるゴミ箱にティッシュと腐った生肉を捨てると、ホームにやって来た電車に乗り込んで家路を急いだ。
一人暮らしをしているアパートに帰宅すると、スーツから部屋着に着替え、曽我さんは万年床に仰向けに寝転がった。
(あの電車の女はいったいどういうつもりだったんだ…)
思い出して腹が立ってきた曽我さんはSNSで八つ当たり出来る相手を探そうと、スマホを手に取り物色を開始した。
適当にターゲットを決めると、罵詈雑言のメッセージをいつもよりキツめの刺々しい言葉で送りつけた。
その瞬間、天井から白くて丸い物が曽我さんの顔を目掛けて落下してきた。
半身になって避ける。布団の上に落ちている白くて丸い物を確認する。それはティッシュを丸めた物だった。
嫌な予感が全身を包んだ。手に取るとブヨブヨと柔らかい。
ティッシュを剥ぎ取り中身を見る。
嫌な予感は的中していた。
思った通りそれは腐って緑に変色した生肉だった。
悪臭が部屋に充満した。あの女が渡してきた物と同じ物だった。
ゴミ箱に捨てた物が追いかけて来たのか。それとも新たに湧いて出てきた物か。
いずれにしろ得体の知れない不気味な事が起こった事実に曽我さんは鳥肌を立てた。
「そんな事ばっかりやってちゃだめよ。いつか事切れるよ」
女に言われた言葉が蘇る。
そんな事とはSNS上での行為の事か?そしていつか事切れる。とはどういうことか。
あの女はいったい何者なのか。そしてこの生肉にはどんな意味があるのか?
そう考える始めると曽我さんは恐ろしくなって、SNS上での悪行をやめる決意をその場でしたそうだ。
こんな事でもないと止められないのはいかがなものかと言わざるを得ないのだが…。
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