第5話 死んでもなおらない その一

 鬼頭さんは平日のとある日、夫と子ども二人を見送り朝食を食べ終えると、休む間もなくリビングに掃除機を掛け始めた。

 しばらくすると誰かに背後からいきなり力ずくで抱きすくめられる感覚が身体を包んだ。

 心臓が破裂しそうなほどの驚きと得体の知れない恐怖を感じたが、息を飲んだだけで声は出なかった。

 体が硬直して動かない。

 なんとか動かせる首をゆっくりと下に向けた。

 青白い人間の腕のような物が胸の前で二本交差しているのが見えた。

 鬼頭さんはそのまま気を失った。


 気がつくとリビングの床で倒れていた。

 起き上がり時計を見ると正午を過ぎていた。

 部屋の中を見回すが、特に荒された形跡もなく、怪我などもしていないし、着衣にも乱れはないようだった。

 あれはなんだったのか。恐怖で身が再び強張る。そして妙に右肩が重い。酷い肩こりか。

 とりあえず顔を洗って落ち着こう。そう思い、洗面所に行き鏡の前に立った瞬間、鬼頭さんは絶叫した。

 右肩に人間の生首が乗っかっているのが鏡越しに見えた。

 坊主頭で肌が青白く変色していて、眼球は黒目がなく真っ白で、口元はだらしなく半開きになった男の顔がそこにはあった。

 それは恍惚の表情を浮かべていたと鬼頭さんは言う。

 それからどうしたのか鬼頭さんはまったく記憶がない。気がつくと夕食の準備をしていた。

 右肩の重みは消えていた。

 恐る恐る鏡を見たが、そこにはもう何も無かった。


 鬼頭さんは右肩に乗っていた男の顔が誰の物なのか見当がついているという。


「高校生の時、○○(有名ファーストフード店)でバイトしてたんですけど、そこにいたバイトの大学生の男が、女の子のバイトの子の私物を盗んでるのがバレてクビになったんです。使ってる途中のメイク道具とかハンドクリームとか飲みかけのペットボトルとか。それだけじゃなくて、女子トイレに忍び込んで使用済みのナプキンも盗んでたらしいんです。キモすぎですよね。私も使いかけのリップとか盗られました。右肩に乗ってた男の顔、そのキモ男の顔です。間違いないです。幽霊として出てきたってことは死んだってことなのかな?馬鹿は死ななけゃ治らないって言うけど、変態って死んでも治らないんですかね?ってかむしろ、直接触ってくるとか死んでから悪化してるじゃないですか。救いようがないですね!」


 憤る鬼頭さんに一応私は生き霊の可能性を指摘してみた。


「生きてようが死んでようが、私の事覚えていて、私の所に出てきたのがキモすぎて無理です。凄い効き目のあるお札とか貼っておけばいいんですか?」

 

「そうですね。それがいいと思います。すいません」と私は何故か鬼頭さんに謝っていた。

 

 

 

 

 

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